授業作りQ&A ⑤ どうすれば正しい文章を書けるようになる?

2023.2.22

授業作りQ&A ⑤

どうすれば正しい文章を
書けるようになる?

山中勇夫(広島大学附属小学校教諭)

国語の授業作りでの、悩みごとや疑問はないでしょうか? 授業作りのアイディアやヒントを紹介している「授業作りQ&A」シリーズも今回でひと区切り。最後のテーマは「(文法的に)正しい文章」です。広島大学附属小学校の山中勇夫(やまなかいさお)先生に、そのポイントを紹介していただきました。

明日からめざそう、授業の「アップデート」!

※当記事は、「教育シリーズ:国語の授業作りQ&A」(2022年10月発行)の記事を再構成したものです。

子どもに文章を書かせると、主語と述語がねじれた文や、接続語や修飾語の使い方の誤った文に出会うことがあります。理科や社会の授業ならまだしも、言葉を学ぶ国語の授業で書かれたものとなると、私たちはそれを見過ごすわけにはいきません。このようなとき、教師はどのように対処してきたのでしょうか。

例えば、真面目で誠実な教師ほど、子どもの文の誤用を放っておくのは責任問題…とばかりに、片端から赤インクによる修正を施すということがあります。しかし、こうした教師の熱心な取り組みに反して、その教育効果はあまり芳しくありません。それどころか、赤く染まった自分の原稿に落胆し、書く意欲を失ってしまう子どもも多くいます。このような事態だけは絶対に避けなければなりません。では、どうすればよいのでしょうか。

子どもたちが書く意欲を失うことなく、正しい文章が書けるようになるためには、次に示すような十分な下ごしらえと、ポイントを押さえた取り立て授業との連携が必要と考えます。


1.指導観の転換と多書きのすすめ

まずは、子どもが書いた文章を読み、教師が逐一赤を入れて修正するという指導観を改めてみましょう。そうした指導は子どもの意欲の低下を招くばかりでなく、教師に大きな負担をかけることにもつながります。やがて、赤を入れるのが億劫になり、その結果、書かせる機会そのものを減らすことにもつながりかねません。

書く力を身につけさせたいのに書く機会を減らしてしまっては、本末転倒です。まずは文の誤りに目をつぶってでも、子どもに文章を書かせる機会を数多く与えましょう。書き慣れていない子どもに、正しい書き方を教えたところで、その書き方の価値や意味はよく理解されません。それよりも、もっと日常的に書く機会を作り、書く行為を子どもの身体になじませるほうが大切です。「質より量」への発想の転換です。


2.多読・視写のすすめ

子どもが正しい文を書けるようになるためには、その前提として、その子どもが正しい文にたくさん触れてきていることが必要です。この、正しい文との出会いは、基本的には読書によってもたらされます。なぜなら読書の対象となる書籍は、出版されるまでに複数の目で何度も校正されており、文の正しさという点で一定の信用を置くことのできるものだからです。

書籍は、視点を変えれば、正しい文のデータ集としても捉えられます。そこで、日々の読書活動を促していくことはもちろんのこと、音読、朗読、斉読、視写など、手を変え品を変えながら、本の中の文との出会いを仕組んで、子どもたちの身体に正しい文を染み込ませていきます。

私のクラスでは、毎日、文学作品や説明文を写した原稿用紙半分ほどの文章を三回音読し、視写をして提出する宿題を出しています。シャワーのように正しい文をたくさん浴びさせ、子どもの身体に染み込ませるイメージです。これもまた、子どもたちが深く考えるわけでもなく、ただただ作業的に音読や視写を繰り返すことから、「質より量」の発想で考えてもよいと思います。


3.読み合いのすすめ

先に、「質より量」の発想で、教師の赤入れを無くしてでも、とにかくたくさん書かせることを提案しました。とはいえ、完全な書かせっぱなしもまた、子どもの意欲の減退につながります。誰にも読まれることのない文章をただ書きつづっていくことに楽しみを見出せるような子どもはそう多くありません。また、自分の文章が正しい文で書かれているかどうか、客観的に見つめる機会も必要です。では、どうすればよいのでしょうか。

私が実践しているのは、書いたものを一覧にして、全員分印刷し、教室で全員で読み合う活動です(私の場合は、専用用紙をつくり、コピー機の集約機能を使って印刷しています。32人学級ならA3の紙一枚の表裏で全員分が収まることになります。)。これなら、大きな手間をかけずに、教師を含め、クラス全員に読まれる機会を確保することができます。簡単な文集を一年間に何度も作るイメージです。

文集は子どもたちにとって魅力的なものです。それを配った瞬間、子どもたちは食い入るように友達と自分の文章を読み始めます。この意欲を生かし、一人一人、自分の文章を全員の前で、声に出して読む活動も行います。全員の前で自分の文章を披露したり、友達の文章のリズムを耳で聞いて感じたりすることで、正しい文の心地よさ、そうでない文の居心地の悪さを体感する時間を確保します。


ポイントを押さえた取り立て授業

以上のような多書き、多読(視写含む)、読み合い…という下ごしらえを一年間に何度も仕組むことで、身体的な言語感覚ともいうべき素地が身についていきます。この素地をもとに、主語と述語のつながりや修飾語の使い方といった文法の取り立て授業を行っていきましょう。

授業では、文の誤用を取り上げるところから始めるのがおすすめです。例えば「わたしの夢は、獣医になりたいです。」といった文を取り上げ、何度も音読しながら子どもたちの「あれ、何かおかしいぞ?」という違和感を立ち上げていきます。これまでに培ってきた言語感覚による違和感です。この違和感を軸に、ここでは主語と述語という切り口から文を分析し、主語「夢は」と述語「なりたいです」がつながらないことを明らかにしていきます。

ここまでくれば、述語を「なることです」にすれば違和感なくつながることを、子どもたち自身が見つけるはずです。子どもたちの言語感覚「あれ、何かおかしいぞ?」に、主語と述語という概念的な切り口が活路を見出させ、再び「ああ、これならすっきりした!」という言語感覚への応答につなげます。この言語感覚と概念的理解の往還を促すことが国語科の授業の重要な役目と考えています。

さて最後に、そのような「正しい文」を見極めようとする意欲の重要性についても指摘しておきましょう。真の言葉の力を身につけるためには、授業だけでなく、身の回りの言葉について子どもたちが自ら考え続けることが理想です。

そして、そのためには、「あれ、何かおかしいぞ?」「ああ、これならすっきりした!」をくり返しながら、「正しい文」を追い求めようとする意欲こそが、最も重要です。この意欲付けのためにも、子どもたちが自分の力で「正しい文」を見出していき、「文について考えるって楽しいなあ」と思える、そんな楽しい授業づくりが大切であることを付け加えておきたいと思います。

これまで5回にわたってお届けしてきた「授業作りQ&A」。いかがだったでしょうか? これまでの記事も振り返って、国語の授業を「アップデート」してみてください!

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