
2025.11.12
野矢先生に、きいてみよう!
野矢茂樹(のやしげき)先生とともに「国語」について考えるシリーズ。前回のお便り回から引き続き、「一つの正解」「答え」との向き合い方、そして「自分で考える力」を鍛えるための手立てを探っていきたいと思います。
前回の終わりに示しておいた質問を考えていきましょう。こんな質問でした。
Q 分からないことは素通りしたり、少し難しいものに手が伸びなかったりする生徒に対して、野矢先生ならどのような声かけや手立てを考えますか?
生徒に「ネットとかで調べれば答えが書いてあるのに、どうして自分で考えなくちゃいけないんですか?」と言われたら、なんて答えますか? あるいは「AIに聞いてみてもいいですか?」と言われたら。
これにきちんと答えられないようでは、考える力を伸ばす授業もやりにくいでしょうね。 とはいえ、なかなか難しい問いです。さて、どう答えればよいものか。
ただ一つの正解がある問題ばかりをやっていると、答えはどこかに書いてあるとかAIに聞いた方が早いという気持ちにもなるでしょう。といっても、授業でただ一つの正解がある問題をやってはいけないということではありません。実際、授業で取り上げる問題のほとんどは正解のある問題でしょうし、それはとても有効なトレーニングになります。そのことは後で言いましょう。正解のある問題をやる有効性は認めつつ、いまはその危険性に目を向けたいのです。
そこで生徒たちには、世の中の問題の多くはただ一つの正解があるようなものではないし、人生で出会う問題も、だいじな問題ほど何が正解か分からないようなものだということを分かってもらうところから始めましょう。どんな問題でもよいのですが、例えば「言論の自由を確保することと、誹謗中傷を禁止することをどう両立させればよいのか」といった問題などを取り上げ、簡単に正解が出ないことを確認します。あるいは、家を出て一人で働いてがんばっている若者がいるとして、実家の店が苦境に立たされていると知ったときに、いまの自分の仕事を続けるか、実家に戻って両親を助けるか悩んだとします。こんな人生の問題にも、容易に正解が見つかるわけではありません。
では、そうした問題の答えをネットで探せるでしょうか。AIに聞けば分かるでしょうか。無理です。ネットでは、さまざまな意見が飛びかっています。なんらかの事実をデータに基づいて指摘しても、それを「フェイクだ」という人がいて、何が事実なのかもはっきりしない場合があります。いったい何を信じていいのか、翻弄されるばかりです。
だから、けっきょくは自分で考えなくてはいけないのです。
自分で考えることのだいじさを生徒に分かってもらうこと。しかも、一回説明しただけでは、こういうのはダメで、いろんな具体例を通して折に触れてしつこいぐらい言うこと。そしてできるだけ早いうちから―― 小学生のときから―― 伝えていくことです。
そうして生徒の中に考える力を身につけたいというモチベーションが生まれれば、授業もずっとやりやすくなるに違いありません。
でも、なかなか「考える力を鍛えたい」という気持ちにはなってくれないかもしれません。(生徒たちは「手強い」ですからね。)このあたりは体育と一緒です。「体力をつけたい。筋力を強化したい」というモチベーションをもってくれれば体育もやりやすい。だけど、そういう気持ちをもたない生徒もいるでしょう。そのときには、球技などを通して、楽しみながら体力や筋力の増強をはかるわけです。考える力のトレーニングにも同じことが言えます。
楽しみながら考える力を鍛える。
しかし、言うは易く行うは難しでしょう。例えば、私は『はじめて考えるときのように』(PHP研究所 2004年)という本でこんな問題を出したことがあります。次のような形のコップがあるのですが、どうしてこんなふうに飲み口の片方がえぐれているのでしょう。考えてみてください。
ここですぐに答えを知りたがったら、ダメです。ある人たちがある仕方でこのコップを使うと便利なので、こんな形をしているのです。どんな人たちがどんな使い方をするのか。最後に書いておきますが、ぜひ考えてみてください。
これ、なんとなく考えてみたくなりませんか? これは正解のある問題ですが、だいじなことは「考えたくなる」という点ですから、トレーニングに使うには正解がある問題も有効です。(私は数学の問題を解くのが好きでした。)
さらに唯一の正解があるわけではないけれども、考えてみたくなる問題に進めればもっといいでしょう。国語の教材の中からそんな問題を見つけることもできるはずです。私としては、またもや我田引水ですが、哲学や倫理学をお薦めしたい。例えばマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房 2011年)などには、けっこう食いついてくるだろう問題がいくつもあります。
考える力を鍛えようというモチベーションをもたせることと、楽しみながら考える力をトレーニングするというやり方、ぜひその両面作戦でがんばってみてください。モチベーションのない生徒に楽しくない問題を出しても、授業はなかなかうまくいかないでしょう。
さて、例のコップですが、ふつうのコップで飲むとき、私たちは首を傾けて少し上向きになって飲みます。でも、首が傾けられない人がいます。首をまっすぐにしたまま、ふつうのコップで飲もうとしてみてください。鼻がじゃまになるでしょう? このコップでえぐれている方を上にして飲むと、コップが鼻に当たらない。このコップは首をまっすぐにしたまま飲めるコップなのです。
「考える力を育てるにはどうしたらいいか」という大問題。私も思わず「どうしたらいいんでしょう」とため息をつきたくなりますが、でも、もう少し述べてみたいこともあります。次回もこの話題の延長で書いてみましょう。