
2024.7.17
新教科書特集
空前の短歌ブームともいわれる昨今。東京書籍の教科書では、2年生に「扉の短歌」というページを設けて、多様な短歌を紹介しています。中学校の新教科書特集の第7回にあたる今回の記事では、「ちばさと」の愛称で親しまれる歌人であり、「新編 新しい国語」の編集協力者でもある千葉聡先生に、教科書の掲載歌についておききしました。
―― 「扉の短歌」に今回新しく掲載した歌について、ご感想をお伺いします。まずは、杉﨑恒夫〈さみしくて見にきたひとの気持ちなど海はしつこく尋ねはしない〉はいかがでしょうか。
海って、やはり「さみしさ」を感じさせますよね。この歌も、そういう私たちが海を眺めるときの感情に寄り添ってくれる一首だと思います。今の中学生や高校生たちに読ませても、ああ、こういう感覚って確かにあるよね、それを海が大きく受け止めてくれるのがとてもいいよね、と言ってくれる。そういった共感を誘うような愛される名歌だと思いました。
海については、〈海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている〉という五島諭の名歌もあるし、〈海に向く背中ばかりの海にきて海もまた後ろ姿と思う〉という、小島なおの名歌もあります。小島なおが歌っているように、海に来るとみんなが海のほうを見てしまうから、自分は海を見ているその人たちの後ろ姿を見ることになるわけでしょ。それぐらい海には力があって、しかもみんなを受け入れてくれる。そのさみしさを全部受け止めてくれるんです。
私自身、杉﨑さんには、過去に歌会で何度かお会いしたことがあるんです。私がまだ若い頃に、「千葉さんは新人で期待しているけれど、読点とか句点を使ったり、片仮名とか一字空けを使ったり、ちょっとだけうるさいのをなんとかできるといいんだけどね」といった、ご指導までいただいたことがありました。懐かしい思い出です。とっても温かいかたで、大好きな歌人です。
―― 次に、岡野大嗣〈よく晴れた夏をゆったり曲がってくバスのすみずみまで蟬の声〉についておきかせください。
岡野さんは、ほんの僅かな言葉で世界を大きく変えてしまう歌人です。この歌も、「角」ではなく「夏」を曲がるとしたことで、バスの隅々まで蟬の声が満ちている、というただそれだけの情景が、異世界めいて見えてくる印象を受けました。一方で、生徒たちに言わせると、「夏を曲がる」というのはよく分かる感覚だそうなんです。つまり「夏」は夏休みのことで、夏休みを無駄にしちゃいけないと思うからこそ、大切な人と会う時間とか、好きなことをする時間とか、そういう曲がり目を自分で入れていくんだって言うんです。生徒たちのそうした時間感覚や「夏」というタームの受け取り方にこの歌がいかにマッチしているかを思うと、岡野さんは若い人の感性にどれだけ理解が深いんだろうと思いました。
―― 服部真里子〈幸福と呼ばれるものの輪郭よ君の自転車のきれいなターン〉はいかがでしょう。
大きくきれいなターンで曲がる友達の様子という、何気ない瞬間の幸せを歌った一首だと思っています。ふだんは自転車のターンの瞬間なんて注目しませんよね。せいぜい「何だか大きく回っているな」とか、その程度にしか思わないけれども、見過ごしているものを的確に捉えて、それに「幸福」という最大限のよい言葉をあてがっているアンバランスさ。そこに、この歌の説得力があるんだと思います。おそらくこのターンの瞬間以外にも、「君」はいろんな「輪郭」を見せてくれている。そういうものを、この歌の詠み手は見ていたいと思っているのだろうとも感じられます。服部さんには、自分が削られてしまうような鋭い歌もときどきあるんですが、こんなふうにして、親しいつながりやなくしてはいけない瞬間を詠んでくれてもいて、信頼の置ける歌人だと思っています。
―― 千原こはぎ〈距離を置く作戦実行中ですが月がきれいで話がしたい〉はどうでしょうか。
この歌、めちゃくちゃすてきじゃないですか? 恋愛をしているときは、思いが強すぎると相手が引いてしまうから、ちゃんと思いをかなえるには距離感が大切になる。でも、月を見たら、急に、「ああ、月がきれいで話がしたいな」ってなるんですよね。これ、圧倒的な名歌だと思います。千原さんはイラストも描けるかたで、「ちるとしふと」という第一歌集にはイラストも多く載っています。恋愛の歌もとても多いので、千原さんのその歌集を教室に持っていくだけで生徒はみんな目を留めてくれるし、読みたいって言ってくれるんです。でも、生徒に貸したら行方不明になっちゃって(笑)。こうしたいろんな分野で活躍をされている人の歌が載っているのも、よいと思いました。
インタビューに答える千葉先生
―― 次に、継続して掲載している歌についても印象をおきかせください。穂村弘〈ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は〉については、いかがでしょう。
「ほんとうにおれのもんかよ」という、生活の中から生まれたつぶやきが出てくるのがいいですよね。本音の言葉で勝負をしに来ているな、という点にぐっときます。そのうえで、涙が落ちる場所として、「冷蔵庫の卵置き場」という、日常の中で目にはするけれど、そこまで重要そうでないところを詠んでいる点にも、驚かされてしまいます。例えば、それがノートの上に、とか、バスの座席に、とかだったら、ありふれていて今ひとつだけれど、目には留まりにくいこの絶妙な場所に涙を落とさずにいられないその状況に、詠み手の心が揺れている様子や、一方で自分の涙なんかに価値がないと思っているクールな様子などが浮かんできます。
きっと、これ、「空っぽ」の卵置き場なんだろうと思うんです。だからこそ、「涙」という感情的な一語も効果的に響いてくる。自分を大切に守ってほしいという甘えた感じではなくて、どこか自分を捨ててしまっている感じもして、そこにハードボイルド小説になじんでいる穂村さんの世界観がよく表れているようにも思います。
―― 最後にもう一首、千葉先生ご自身の〈卒業生最後の一人が門を出て二歩バックしてまた出ていった〉についてもお伺いします。自作解説のようになってしまうかもしれませんが…いかがでしょうか。
これは、以前に勤めていた中学校の卒業風景を詠んだ一首なんです。その中学校では、3年生が卒業するときに、みんなで一列になって学校を出ていって、近くの公園までいっしょに向かい、そこでさようならをするという慣例があったんです。というのも、校舎の中でお別れをしても、みんななかなか学校を去ってくれなくて。だから一列になって担任が公園まで誘導して、そうしてさすがに公園まで来ると、みんなわざわざ学校に戻ったりはしない。そのときにはどこかパレードのような楽しい雰囲気があって、最後には、明るい光の中へ卒業生たちは出ていくんです。
でも、最後の生徒が門を出ていくのをたまたま自分が見ていたとき、ふざけてまた門内に入って、「もう一度戻った! 中学生に戻った!」とか騒いでいたことがあって。卒業するとはいえ、中学生に戻りたい気持ちもやっぱりまだ残っているのかなって、そう感じたんです。その子にとってその学校が悪い場所ではなかったんだな、と教師としてもうれしく感じたことを覚えています。
―― 「扉の短歌」全体の掲載歌のバランスやバリエーションは、どのようにお感じになりますか。
まずは、女性の歌人が増えてよかったと思っています。私が教科書で短歌を習ったときは、短歌も俳句も男性の作者ばかりでした。教室で学んでいる生徒の半数は女性だし、男性作家ばかり載っている教科書だと、それだけで興味を失ってしまう生徒もいますよね。女性の歌人は半数いてほしいですし、ベテランの歌人から若い歌人まで、年代を散らしてあることも大切だと考えています。あとはやはり、先ほどの千原さんのような恋愛の歌が載っているのがよいですね。生徒も自分の恋についてはなかなか語らないけれども、物語の恋については語るじゃないですか。ライトノベルや映画と同じようにして、短歌を通して恋について語ってくれるんじゃないかな、と思っています。
千葉聡(ちば・さとし)
1968年生まれ。横浜サイエンスフロンティア高等学校教諭。歌人集団「かばん」所属。著書に「短歌は最強アイテム」(岩波書店)、歌集に「微熱体」(短歌研究社)「飛び跳ねる教室」(亜紀書房)「グラウンドを駆けるモーツァルト」(KADOKAWA)など多数。