
2023.3.22
対談
国語のおもしろさについて、インフルエンサーとして注目されるお二人が語り尽くす対談記事。前編に続いて、後編をお届けします! 「書くこと」から「教科書の使い方」まで、次々に飛びだす話題にスクロールが止まりません。ぜひ最後までお読みください!
土居 森川先生がおっしゃったような「書く」活動はとても大切です。私は「書く」イコール「考える」だと思っています。例えば、1段落ごとに読んで、読んだことをとにかく文にして表すということを実践したことがありますが、そうすると自分の知識や経験と本文の内容とが結び付いたものがどんどん出てくるんですよね。これは、形式的な指導からは出てこないことだと思います。私たちは読む力を高めようとして「読み」の授業をやっていますが、結局「読める」ということは、自分の言葉で言えることとも捉えられるのではないでしょうか。
森川 本当に、「書く」ことは「考える」ことだと思います。音声のコミュニケーションだと「うんうん」というような相槌で済ませられるようなところも、いざ文章として書こうとするとそうはいかない。その意味で、僕は、「書く」ことが思考の窓を開けると思うんです。だから、まず書き慣れることがだいじです。そもそも書くことが嫌いな子が多いですよね。
土居 「書く」は、複雑で高次なものであると同時に、根気や気合いみたいなものも必要ですよね。子どもにとっては、どうしても「面倒くさい」ものになる。だけど、その力が伸びたら国語力にとって大きなプラスになります。
森川 「書く」には、スキルに加えてメンタルもとても重要ですよね。「書く」指導にはこの両面が必要で、書かせるスキルだけでもダメ、でもメンタルだけでもダメなんですよ。
土居 公立の学校にはいろんな子がいるわけですが、最初はやっぱり、書くこと自体を「楽しいな」と思ってほしいし、そこから「意外と自分ってできるんだ」と思えるように導きたいなと思うんです。メンタルと言うと、どこか根性論か何かみたいな話にも聞こえるかもしれません。でも違うんですよね。そこを越えたら、「書き出し、こうするといいよ」とか、そういうスキル面のこともどんどん入ってくるんだと思います。
森川 書くことが苦手だって思い込んでる子どもはとてもたくさんいます。でも、その子たちが「書けた」という事実をつかんだときの変容って、違うんです。爆発的に変わるんですよ。それを本当に何人も見てきました。だから僕たち教師が諦めなければ、子どもたちは救われると思うんですよ。
以前公立の学校に勤めていたとき、書くことにかなり課題があるAさんという子がいたんです。書く活動では1行しか書かないということもありました。そこで僕は、「Aさんが書けるものは何かな」ということを考えて、「国語辞典を見て『あ』の付く言葉をカードに書く」という活動をやってみたんです。それは、それならその子でも書けるからという理由だけで実行したんです。ノートやプリントだと大きすぎるので、絵葉書サイズのカードを渡して「好きな言葉を書いていいよ」と投げかけました。書く面積を小さくしたんですね。
するとAさんはとても大きい字で3、4語書いて「終わった」と言ったんです。そこで「すごいやん、終わったやん」と声をかけたら、すごく喜んで、「おかわり!」と言って、悠々と2枚目を取りに来ました。
土居 子どもってそういうものですよね。
森川 すると、どよめきが起こったんです。「えっ! 2枚目?」というような。みんな意外だったんでしょうね。それから、Aさんが変わったんです。つまり、それまでAさんは、課題に対して完遂したことがなかったんですよ。ノートを書くことも難しいから、「もう書けない」で途中で終わっちゃう。そして、その子のノートには白紙がどんどんたまっていくという悪循環です。でも、そのAさんが「書けるかも」「書けるんだ」ってなった瞬間に、急激に変わったんですね。成果が目に見えて分かるのも、「書くこと」ならではなんですよ。
土居 そういう意味では、「これだったら書ける」と思えるように、作文を200字に絞って書かせることも有効だと思います。実態に応じて文字数は減らしてもいいですし、200字ぴったりで終わらせるなど、いろいろな指導が考えられます。
森川 200字ぴったりというのは、おもしろいですよね。
土居 文字数を制限すると言葉を厳選しなきゃいけなくなってくる。しかも、1枚がすぐ終わるので、「次、書きたい」ってなるんですよね。最初からいいものを書かせようとし過ぎずに、苦手意識を持たせないことが大切だと思います。
「書く」って結局、どんな授業でもやるんですよね。振り返りとして、体育や家庭科でも書くわけです。どの教科でも国語で学んだことが関係するところが、国語の良いところだと思っています。
森川 「書く」って、「魔法のつえ」を持てるってことですよね。
土居 そうなんですよ。「話す」も「聞く」も「読む」ももちろんそうなんですけれど、学級担任にとっては、国語に力を入れることって、すごいメリットがあると思います。書けるということから、どんどん考えられるようになっていくということは、国語授業の大きな魅力だと思います。
森川 「書く」っていうことは、国語の面白さを味わえるいい活動だと思うんですよね。もちろん、ベースにある漢字指導や語彙など、言葉の指導も大切です。自分の思考と真正面から向かい合うのは、やっぱり国語がベースになるんですね。それにしても、語ることが多いなあ、国語!
一同 (笑)
――漢字が苦手という子どもたちに対して、指導で工夫されている点はありますか。
土居 漢字は特に「読む」が重要です。学習指導要領では「読む」が当該学年で、「書く」は次学年までとなっていますよね。苦手な子は、読めないのに急に書かされるから、さらに苦手になってしまいます。一回で覚えさせるよりも、繰り返しの学習が効果的だと思います。
また、使い方に意識がいかない子が多いです。教師が「漢字テストで書けたら大丈夫」と、書ける力のみを見ていることが要因だと思います。運用力を視野に入れていくと、幅の広い指導になっていくのではないでしょうか。
森川 漢字は「書けた!」という喜びがありますよね。簡単に言うと、百点を取れるうれしさがあります。だからこそ、百点を取らせてあげないといけないですよね。
土居 国語で一番、目に見えて力がついているのが分かるのは漢字だと思います。
森川 漢字指導にもつながりますが、1年生のときの、文字との出会いが大切ですね。平仮名、片仮名、漢字に次々と出会うじゃないですか。これは「言葉の海の入り口」に立っているということですよね。すごい瞬間に僕たちは立ち会っているんです。
土居 本当にそうですね。
森川 例えば、五十音図を掲示して、「一番好きな字は何?」と1年生に聞くと、とても良い答えが返ってくるんです。
「『さ』が一番好き」という子が、その理由を「なんとなくかっこいいから」と言ったので「良い答えだね! どのへんがかっこいい?」と聞きました。すると、「なんかこの、『サッ』てこうなるところ」と答えました。
ある子はその字が好きな理由を「お母さんの名前の字だから」って言ったんです。とてもすてきですよね。国語で言葉を扱うということは、「人生を扱う」ということだと思います。
土居 これまで文字は記号として見えていたのに、1年生になって文字を学ぶことで、「自分が話してきてたのはこれなんだ」と気づくということですよね。
森川 1年生は、言葉をあまり持っていない代わりに、できた喜びを一番享受できる学年だとも言えます。だからこそ、習得させなければいけない事項ばかりにとらわれず、「世界が広がる瞬間に来たんだ」と思いながら、奇跡の出会いをさせたいものです。
土居 例えば、平仮名帳の文字を書き終わった子に「書き終わったら、色塗りでもしていてね」と伝えるのではなくて、「あ」の学習をしているときであれば「『あ』の付く言葉、いろいろ書いてみてよ」と言うと、喜々として書きますよね。
教師はクラスの中で「結構できる子」を押さえつけがちですが、それだと教室は良い雰囲気になりません。その子たちが伸び伸びと学習できる状況にすることが大切です。国語は、教室の文化を創ることができる教科だと思います。
土居 これまでいろいろな指導のアイディアが出てきましたが、森川先生は教科書をどのように扱っていますか。
森川 例えば「書く」の単元では、どんな教材があるのか全体を俯瞰できるページをざっと見ます。教科書を見て目的を押さえたうえで、社会科や総合的な学習、SDGsと関連づけて学習できるかなど、カリキュラム・マネジメントを考えます。
土居 網羅的に扱えるようになっている教科書を通して、目的を押さえて、進む道は自分なりにいろいろ考えてよいということですね。
森川 たくさんの人の英知が重なってできているのが教科書ですからね。そこからいろいろな刺激を受けるとよいと思います。
土居 授業では、レベルの高い問いを出してくる子もいれば、そうではない子もいます。彼らに対して問いをどう配列していくかというのも非常に重要で、先生の力量が問われる場面だと思うんです。
私はてびきを活用することで「この子の問いは、てびきだとこのあたりに位置するから、単元の中では中盤で扱おう」と判断することがあります。いきなり単元の序盤で深い問いを出してしまうと、厳しい状況になることがありますよね。最後に浅い問いを出しても学びが深まりません。こういうときに、てびきが参考になります。
森川 子どもたちの問いとてびきを照らし合わせるんですね。
土居 てびきを参考にすることで、子どもたちの問いの配列ができるようになるんです。難しいところでもありますが。
森川 教科書は、ある程度大多数や、大きな視点に基づいて作られているので、それに則りつつ、「この問いは質が高そうだ」「これはまだまだ表面的な問いだから、最初のほうで扱おう」というように教室のかじを取るのが先生の役割だと思います。スタンダードとして真ん中にいてくれるのが教科書で、その右側を歩くのか、左側を歩くのかというのは、クラスごとに判断したいところです。
土居 てびきを有効活用すると、本来のねらいから大きく外れることはないですよね。そのうえで、アレンジを加えたいです。
例えば、「要旨を何文字以内で書いてみましょう」とてびきに示された場合、「これができたら、次は半分の字数でやってごらん」や「倍の字数でやってごらん」とアレンジを加えるだけで、教えたい指導事項から全く外れずに、授業の質を高めることができます。いきなり独自の発問を考えるのは難しいと思うので、てびきを活用していくことを提案したいです。
森川 「子どもからの問い」という話が出ましたが、思い出深いものがあります。4年生で、4月に物語文を学習しているときに、ある子が「先生、物語ってなんで勉強するんですか」と言ってきたんです。「いい質問じゃん!」と返した後「よし、分かった。それを1年かけて考えよう」と伝えました。
土居 おもしろいですね。
森川 この問いの答えとして、年度末に子どもたちが書いたものをいくつか紹介しますね。
「物語を読むことで、人生につながるようなことがある」
「主題を探して人生に生かし、またそれを友達などに広めていくことができる。物語を読むことは人生にとって欠かせないものである」
土居 すごいですね。
森川 4年生の子がこういうことを考えられるということが、「国語」をやることの意義なのではないかと思います。
――国語のおもしろさ、大切さがじんじんと伝わってきました。森川先生、土居先生、ありがとうございました。
森川 まだまだ話せますね。本一冊できるんじゃないかな(笑)。
土居 私もです。ぜひ、次の機会を楽しみにしています。
(聞き手:東京書籍国語編集部)