あの人に聞く 石﨑和宏(筑波大学芸術系教授)~絵を見て、自分の言葉を見つける~

2026.10.7

あの人に聞く

石﨑和宏(筑波大学芸術系教授)
~絵を見て、自分の言葉を見つける~

こくごスタジオ編集部

「絵を見る」って、どういうことなのでしょうか。アート作品との出会いをきっかけに、自分なりの意味を言葉にしていく活動には、どのような方法があるのでしょうか。子どもの美術鑑賞について長年研究されてきた石﨑先生に、じっくりと伺いました。

アートは、自分自身を映す鏡

―― 読み物サイト『青いスピン』のエッセー「見えないものを見えるようにする」は、図画工作や美術の授業で作品を鑑賞するときに子どもの頭の中や心の中で起こるさまざまを、取り出して見せてくれるような文章でした。エッセーに書かれていた、作品鑑賞を通じて「自分なりの意味や考えを創りだす」「自分の考えを言葉にする」ということについて、さらにくわしく聞かせてください。

これまでの図画工作や美術では、言葉よりも、視覚的なイメージで表現することに重点が置かれてきました。でもやっぱり言葉とイメージには重要なつながりがあるし、言葉からイメージへ、イメージからまた言葉へ、という相互関係はとても大切だと思うんです。

また、美術作品の鑑賞というと、ある程度の知識や見方を踏まえたうえでするものじゃないか、知識がないとしっかりと鑑賞できないんじゃないか、という考え方も強かったと思います。でも、鑑賞には、知識や作品を重要視したものから、自分の経験や思いと関連させるものまで、グラデーションがあると思うんです。近年は、こうした「創造的な鑑賞」「自己表現としての鑑賞」という考え方を重視した取り組みも増えてきています。

例えばピカソの《ゲルニカ》は、スペインのゲルニカという街が爆撃を受けた、歴史的な事実をもとに描かれた絵です。もちろん、この背景を知っていれば作品の意図は分かりやすいのですが、そうした知識がなくても、絵を見ると……苦しんでいる馬が、中心に描かれていますね。あるいは絵の下のほうにも、悲しんでいる人がいます。この馬や人に自己を重ね合わせて、「困難に立ち向かっていて、苦しさを感じている」と捉えることもできるのです。作品をきっかけに自分なりの意味を見いだしていくことも、鑑賞の一つの在り方です。自分の経験や、場合によっては何か他の物語と結び付けたりしながら一人一人にとっての意味を作っていく。つまり、「アートは、自分自身を映す鏡にもなる」と考えることができます。


まずは、ぬり絵から?!

―― おすすめの鑑賞方法には、どのようなものがあるのでしょうか。

小・中学生がさまざまな鑑賞の仕方を経験していくために、ワークシートを使うのが効果的です。私が考えたワークシートでは、最初にぬり絵をします。

鑑賞ワークシート 鑑賞ワークシート(JPEG版 PDF版)

その後で実際の絵を見ていきます。これはマグリットの《大家族》という作品のワークシートなのですが、ぬり絵をした後だと、「なぜ鳥の形の外側は曇っていて、中は晴れているのかな」「どんな雲なのかな」と、注意して作品を見ることができるようになります。

ルネ・マグリット《大家族》(宇都宮美術館のウェブページより)

「見ること」は鑑賞の基本ですが、最初に「よく見ましょう」と伝えても、なかなか意識的にはできません。ふだん何度も目にしているものでも、見過ごしていることが多くあります。でも、色をぬっている間は「これ、どういう色をしているんだろう?」「どういう鳥なんだろう?」など、常に問いを持ちながら手を動かします。その後で実際の絵を見てみると、とてもよく見ることができる、つまり作品の見方が深くなっていくのです。

さらに自分のぬり絵から思い浮かぶストーリーを作っていきます。いわば「言葉のウォーミングアップ」ですね。それぞれが作った物語を発表し合った後、マグリットの作品を見て「対比しているものは?」「形の違いは?」といった造形的な部分をより注意深く見てもらいます。「対比から意味が作れないかな?」「例えば明暗の差があるとすれば、そこからどういうことがイメージできるかな?」と、ここで初めて、意味を考えることにつなげていきます。もちろん最後は、「このマグリットの絵には、どんなすばらしさがあるのか」ということを、理由や根拠を持って判断するのが重要です。

―― 何を表しているのかな? どんな色なのかな? と考えながら、手を動かして色をぬる。そして、そこから物語を考える。とても楽しそうです。

子どもたちはストーリーテラーですからね。例えば、これは小学校4年生がぬった絵です。自分のぬり絵にタイトルとストーリーをつけてもらいました。……これは何というタイトルだと思いますか?

―― もしかして……くじらですか?

そう! このぬり絵のタイトルは「くじらのしっぽ」でした。絵の右下にも、海から何かが出ているさまを描き加えてくれています。最後は、マグリットの絵の中の対比に注目して、「暗い色と明るい色のところがよい」とまとめてくれています。

ほかに、こんなぬり絵もありました。すいか、いちご、ばなな……。アルチンボルドという画家の絵を想起させますね。

この絵のタイトルは、「食べたいなぁ」。これを描いた子どもは、「ある島にたくさんのくだものと、一羽の鳥がいました。鳥は島のくだものを、ひとりじめして全部食べました。そうしたら体がくだものになってしまいました。」というストーリーを作ってくれました。その後マグリットの絵を見たその子は、「鳥が朝を運んでくる」と、とてもファンタジックにイメージを広げています。マグリットの絵の空の下の部分は、確かにちょっと赤っぽく見えるんですね。それを「暗がりから朝が訪れる」というふうに読み取ったのがすばらしいと思います。

マグリットの絵は《大家族》という題名ですが、彼は最初、別のタイトルを考えていたそうです。また、マグリットは、作品の題名について、それは絵を説明するものではなく、ポエムのようなものだという趣旨の言葉を残しています。自由に連想を広げて、いろいろな見方をしてください、ということではないでしょうか。

そもそもマグリットの《大家族》は、美術史の観点から見ると、「シュールレアリスム」や、見慣れたものを意外な組み合わせで示す「デペイズマン」といった言葉で説明できます。でもそういうところから入ってしまうと、小学生にとってあまりおもしろくないかもしれないですね。

これまで、鑑賞というと、まず最初に作品を見て「どう思いますか」と問われることが多かったと思います。そして「何か言わなきゃ」とプレッシャーを感じたりもしますね。でも、ぬり絵をしているといろいろな問いが出てくるので、その後で実際の作品を見たとき、自分の感想がおのずと湧き出てくるんです。そこから、さまざまな連想を繰り返して、子どもたちは物語を作っていきます。美的発達について研究したハウゼンは、鑑賞の初期段階では、作品から物語を作る見方が多く表れると述べています。つまり、鑑賞の際に子どもたちが自由に物語を作るのはとても重要な行為だと思うんですよね。そのうえで、観察や分析というところに展開することができるようにもなり、最終的には、作品の表現性について、理由や根拠を持って判断することにつながっていきます。

―― 4年生の想像力に驚きます。でも、誰もがこんなふうにできるものでしょうか?

このワークは、担任の先生もいらっしゃる中で私が進行しました。もちろん、全ての子どもが活動を楽しみ、見方を広げられたわけではありません。ぬる色が単調になった子どももいれば、活動に十分取り組めなかったり、充実感をあまり得られなかったりした子どももいました。どの子どもも自分なりの入り口を見つけられるよう、さらに工夫する必要があります。


鑑賞は、あの手この手で

これ以外に、別の鑑賞方法もあります。これは、「鑑賞スキル支援ツール」です。中央に絵はがきを入れるようになっていて、左右には、作品の要素として「主題」「表現性」「造形要素」「スタイル」、鑑賞の行為として「連想」「観察」「感想」「分析」「解釈」「判断」というタグがあり、それぞれ引き出したり、引っ込めたりできるようになっています。

参考:鑑賞支援ツールのひろば(筑波大学芸術系) 参考:鑑賞支援ツールのひろば(筑波大学芸術系)

例えば、北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を見た子どもが「波にすごく迫力があって怖そう」と言ったら、「今は波の迫力という『表現性』について、怖そうと『感想』を言ってくれたんだね」と、このツールを使って返してあげることができます。言ったことを返してあげることで、その子は自分の言葉を振り返ることができる、つまりメタ認知につながります。

また、「鑑賞スキル可視化アプリ」も開発しました。自分が書いた鑑賞文をもとに、作品のどんなところに注目しているかが自動的に可視化されるアプリです。自分がどのような鑑賞をしているのか、その状態が瞬時に分かるようにできないかを長年考えてきましたが、生成AIにあらかじめ分析の観点を設定することで、鑑賞文に表れている見方をカテゴリーごとに整理し、可視化できることが分かりました。しかも、AIが解釈の模範回答を教えてくれるわけではなく、自分がどんな見方をしているのか、それを返してくれるのです。車を運転しているとき、自分が今どこにいるかがカーナビゲーションで分かると楽になるのと似ています。

ただ単に「作品を鑑賞しましょう」と言うだけでは、他人事になってしまうんです。作品は自分を映す鏡にもなりますから、自分の経験と結び付くことで、ぐっと身近な存在になります。また、学校での鑑賞学習では、自分の見方や感じ方を言葉で表す場面が多いため、文章力の差が影響するのではないかという指摘もあります。しかし、うまく言葉にできない子どもも、作品を見ながらさまざまなことを感じ、考えています。
大切なのは、それをどのように引き出し、本人にも分かる形で可視化するかだと考えています。こうしたアプリや支援ツール、ワークシートなどを工夫することで、子どもたちもあまり抵抗を感じずに、自分なりの鑑賞をしていけるのではないでしょうか。

美術館に行ったときも、絵の知識を得るだけではなく、そこにいて何か自分の経験と結び付いた意味を見いだすこともできるはずです。作品鑑賞が想像力や創造性を広げる活動だと分かれば、美術館は特別な知識を持つ人だけが行くところではなく、誰もが行って楽しめる、そういう場所になると思っています。


石﨑和宏(いしざき・かずひろ)

美術の見方や考え方を研究している。『美術鑑賞学習における思考の可視化と深化』(東信堂 2022年)など。

ほかの記事を読む

TOPへ