みんなの読み物(エッセー) 植物の会話を聞いてみる

2026.5.27

みんなの読み物(エッセー)

植物の会話を聞いてみる

豊田正嗣(埼玉大学大学院教授)

今回の「みんなの読み物」は、植物生理学などがご専門の豊田正嗣先生にエッセーをご執筆いただきました。植物の「会話」を聞くとは...? 植物の秘密に迫ります。

皆さんは、友達とどのようにコミュニケーションをとりますか? 声に出して気持ちを伝えたり、相手の話を聞いたりしますね。言葉を使わなくても、表情やしぐさで気持ちが伝わることもあります。何度呼んでも気づいてもらえないときは、肩をたたいてみることもあるでしょう。私たち人間は、目(視覚)や耳(聴覚)、体(触覚)などのさまざまな感覚を使ってコミュニケーションをとっています。

それでは、ふだんよく目にする植物はどうでしょうか? 道端に生えている草や、学校で育てている花や野菜は、何も感じずに静かに立っているように見えます。話しかけても返事はしませんし、手で触っても、自ら動きません。けれども最近の研究で、植物は私たちの想像を超えるような方法を使って、周りとコミュニケーションをしていることが分かってきました。

草を刈ったときや、葉っぱをちぎったときに漂う青臭い匂いを感じたことがあると思います。いかにも「葉っぱらしい」あの匂いです。この匂いは、「緑の香り」と呼ばれる植物由来の成分なのですが、実は、植物はこの緑の香りを使って、近くの植物に緊急信号を送っています。

例えば、ある植物が昆虫にかじられると、緑の香りが空気中に放出されます。この匂いを感じた近くの植物は、「次は自分が狙われるかもしれない。」と身構え、防御反応を始めます。匂いを使って危険を伝え合い、集団で外敵から身を守っているのです。

しかも、この緑の香りは、何かを伝えるためのただの信号ではありません。私たちにもなじみのあるトマトは、ほかのトマトが虫にかじられたときに放つ緑の香りを取り込み、それを元に幼虫の成長をじゃまするような防御物質を作ることができます。つまり、空気中に緊急信号を送るだけでなく、身を守るための材料も受け渡している、と言えます。

このような匂いによる植物どうしのコミュニケーションは、同じ種類の植物の間だけで起こるわけではありません。例えば、ナス科のトマトが出した匂いを、道端によく生えるアブラナ科のシロイヌナズナが感じて、防御反応を起こすことができます。このほかにも、キク科、マメ科、ナス科などの植物の間でもコミュニケーションをしている例が見つかっています。

もちろん、何でもどこまでも伝わるわけではありません。匂いは空気中に広がるので、風に流され、薄まり、天気や周りの環境にも左右されます。遠くの特定の相手に、確実に情報を届けるのには不向きです。だからこそ植物のコミュニケーションは、まだまだ分からないことも多く、わくわくするテーマなのです。

さらに、植物は匂いを植物どうしのためだけに使っているわけでもありません。植物が昆虫にかじられたとき、自ら動いて反撃することはできません。しかし、そのときに出す匂いで、この昆虫を食べたり寄生したりする天敵を呼び寄せることができます。つまり、植物は匂いを使って、自分を守ってくれる「ボディーガード」に助けを求めているのです。

最近の研究では、植物は匂い以外に音も出していることも分かってきました。傷つけられたり、水が不足したりすると、トマトなどは人の耳には聞こえない超音波を出しているのです。この音が自然の中でどんな役割を持っているのかは、まだはっきりしていません。しかし、植物が一部の音や振動を感じ取っていることは分かってきました。例えばシロイヌナズナは、幼虫が葉をかじるときに発生する細かな振動(音)を感じて、自分の身を守るための防御物質を作ることができるのです。

植物は何も感じない鈍感な生き物ではありません。実は、私たちが気づいていないだけで、さまざまな方法を使って周りの生き物とつながっているのです。

植物は動物のように自由に動き回ることができません。芽を出した場所で、一生を過ごします。だからこそ、周りの変化を敏感に感じ取り、ほかの生き物と協力しながら生きていく力が必要なのかもしれません。

学校でトマトを育てるとき、私たちはきれいな花や赤くなる実に目を向けがちです。けれど、その近くの植物たちの間では、目に見えないコミュニケーションが行われています。そう考えると、いつものプランターや花壇も、少し違って見えてきませんか?

この地球には、まだまだ私たちの知らない、常識を超える世界が広がっています。植物たちの静かな会話も、その一つなのです。

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豊田正嗣(とよた・まさつぐ)

香川県生まれ。専門分野は、植物生理学および生物物理学。独自に開発したイメージング技術を用いて、植物の驚くべきコミュニケーション能力を次々と可視化。科学雑誌ScienceやNature Communicationsなどの論文多数。

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