みんなの読み物(エッセー) やさしい日本語でつくる共生社会―伝え合い、分かち合うための、みんなの言葉―

2025.8.20

みんなの読み物(エッセー)

やさしい日本語でつくる共生社会
―伝え合い、分かち合うための、みんなの言葉―

田中祐輔(筑波大学教授)

「みんなの読み物」の第2回は、日本語教育学などがご専門の田中祐輔先生に「やさしい日本語」についてのエッセーをご執筆いただきました。現代のさまざまな社会情勢の中で注目される多文化の共生や、日本語という言葉の在り方とは―― 。ぜひ、子どもたちといっしょにお考えいただけますと幸いです。

皆さんは、ふだんの生活の中で「やさしい日本語」に出会ったことがありますか? 例えば、スーパーの張り紙に「きょうは やすみ」と平仮名で書かれていたり、災害を知らせるテレビで「にげて」とひと目で分かるように示されていたりするのを見たことがあるかもしれません。これらは、日本語を母語としない人や、高齢者、小さな子どもなどにも分かりやすいように工夫された、やさしい日本語の例です。

店休日を知らせる張り紙(イメージ)店休日を知らせる張り紙
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避難所への案内の看板(イメージ)避難所への案内の看板
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災害を知らせるテレビ(イメージ)災害を知らせるテレビ
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このやさしい日本語は、ある大きな出来事をきっかけに広まりました。1995年の阪神·淡路大震災のとき、外国人住民が正確な情報を受け取れず、避難が遅れたり支援を十分に受けられなかったりすることが社会問題になりました。日本語が分からなければ命を守ることができない、この深刻な課題から、情報を簡単で分かりやすく伝えるためのやさしい日本語が提案されたのです。

しかし、やさしい日本語のような考え方は、実はもっと前にも存在していました。例えば、今から40年ほど前には「かんやくほん」という表現法が検討されたことがありました。言葉の種類や数をなるべく基本的なものに絞って、また、場合によってはルールを変えることによって、誰にでも伝わる日本語が目指されました。背景には、日本社会の中で外国にルーツを持つ人が増え、日本語を話す人々が多様化したことがあります。

このように、日本語を使う人々の「多様性」を意識し、「分かりやすさ」を追求する試みは、時代ごとに生まれてきました。しかし、同時にこうした動きには、ときに心配の声があがることもあります。例えば、「日本語をわざわざ簡単にする必要があるの?」「日本語の美しさがなくなってしまうかもしれない」と考える人もいます。どうして、そんなふうに思う人がいるのでしょうか。それは、言葉がその国の文化や、自分の気持ちの大切な部分とつながっているからです。日本語の感情豊かで細やかな表現や言い回しをだいじにしたい気持ちを持つ人にとって、「日本語を簡単にする」「日本語を変える」と聞くと、ちょっと変だなと思ったり、不安に感じたりするのは無理もないことなのです。

少し視点を変えてみましょう。先ほど述べたように、やさしい日本語は、大切な人の安全や命を守るための、あるいは、お互いの考えを理解するための工夫で、決して日本語を壊すためのものではありません。多様な背景を持つ人たちがともに暮らす社会では、情報や気持ちを伝え合い、分かち合うことがとても大切です。そして、そのことは、日本語の本来持つ美しさや魅力をより多くの人たちが共有し、言葉と文化がさらに発展することにもつながります。振り返ってみれば、私たちが毎日使っている日本語も、はるか昔から、人々が思いを伝え合ったり、幸せを分かち合ったりしながら形作られてきたものなのです。

これからの時代は、ますます多文化·多言語の人々がともに生きる社会になっていきます。そんな中で、私たち一人一人が、工夫と思いやりを持って伝え合うことができれば、きっともっとやさしくて幸せな社会をつくれるはずです。やさしい日本語は、誰かのための言葉ではなく、みんなのための言葉なのです。

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田中祐輔(たなか・ゆうすけ)

1983年、神奈川県生まれ。多文化共生・国際文化交流・探究型言語教育をテーマに、言語政策と社会制度、JSL児童への日本語教育、留学生への日本語教育などを研究している。著書に『日本語で考えたくなる科学の問い〔文化と社会篇〕』(凡人社 2022年、編著)などがある。

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