
2025.6.18
あの人に聞く
児童文学の世界で温かく力強い物語を紡ぎ出す、安田夏菜さん。その作品は子どもたちの心にそっと寄り添い、想像の翼を広げてくれます。数々の児童書を世に送り出してきた安田さんが、「青いスピン」に書き下ろした物語に込めた思いや、これまでの創作スタイルについて語ってくださいました。
―― 東京書籍の読み物機関誌「青いスピン」(2025年4月)に掲載の「わたしの大切な場所」は、どのような思いを込めてお書きになったのでしょうか。
今、世界情勢がこのような状況で、すごく心を痛めています。機会があったら戦争にまつわる物語を書きたいと思っていて、今回のご依頼はテーマの指定がないということだったので、ウクライナから日本に来た少年のことを書かせていただいたんです。
私もそうだったのですが、子どもたちは自分の半径3メートルくらいのことしか見えていないことが多いんですよね。自分の教室の中や家庭のこと、友達関係の範囲の狭い視野しか持っていないのが子どもの姿だとは思うんですが、もう子どもたちにとっても戦争をひとごとにできないのではないかと思っています。少しでも自分に引き寄せて読んで、何かを感じてもらえたらよいなという気持ちがすごくあります。物語を読むことに即効性があるとは全然思っていないんですけれども、将来的に何かにつながる一粒の種になるのではないかという期待は、いち物書きとして持っています。
このお話は、長く読める作品になればいいなと思って書いたんです。戦争を人類は何度も繰り返しているじゃないですか。だけど、平和を願う普遍的な心もあって。そこが人間のとても複雑なところだと思います。よい面も悪い面も、人間の普遍性を追求していきたいと思っています。
―― 物語を書き始めるときは、構成から考えるのでしょうか?
かつては、自由気ままに、自分の頭の中に浮かんだエピソードの断片や、言わせたいせりふ、ラストシーンなどを書きためて、そこからプロットも何も立てずに物語を起こしていくような形で書いていたときもありました。ただ、だんだん年を取ってくると「次はどう展開する予定だったっけ?」とか、サイドキャラの名前を忘れたりとか、いろいろと支障が出てきたので、数年前にきちっとプロットを書くスタイルに変えました。
作家はみんなそれぞれなんですよ。そのときの自分に合う形を考えていて、いちど決めてもまた変わりますし、作品ごとにも変わります。何年やってもコツがつかめないというかたは多いです。自分の作り方レシピをつかんでしまったら、かえっておもしろくなくなるのかもしれません。
―― 中学校の科学部を舞台に、蟲好き の転校生が活躍する『セカイを科学せよ!』(講談社 2021年)は、構想段階から完成までの間に大きくストーリーが変わったそうですね。
最初は、ミックスルーツの女の子が奈良で鹿せんべいを売る話だったんです。全然違うでしょ。最初の原稿は「全ボツ」になってしまったんですが、ミックスルーツというテーマは諦めたくありませんでした。そこで、別の角度から描こうと考えたときに、自分自身が子どものころに蟲が好きだったことを思い出して、蟲好きなミックスルーツの転校生という設定を考えたんです。私は小さな頃、本当にコミュニケーションが苦手で、いわゆる「陰キャラ」でした。だから学校はつまらないし、友達グループには入れないしで、蟲と本が友達だったんです。
当時住んでいた家の近くに親戚の畑があって、そこにしゃがみこんでずうっと蟲を採っているような女の子だったんですよ。夏の暑い中、野菜畑でしゃがんで蟲を採っていたので、ペンネームも「夏菜」にしたんです。
『むこう岸』(講談社 2018年)は生活保護制度に関する勉強から始めて、知識が蓄積してきたら、主人公をどのように立ち上げるかを考えました。生活保護を受ける当事者の「樹希」 だけに語らせると一方的だし、その子が「頑張れば何とかなった」話では、全然おもしろくないですよね。それでもう一人必要だなと思い、二人の主人公にしました。
―― 登場人物それぞれに必然性があるんですね。
必然性がないと、読者が「作り事を読まされてるな」と感じちゃうと思うんです。そうすると、冷めるじゃないですか。操り人形の後ろに糸がちらちら見えているようで、しらけるでしょう。そうならないようにするには、登場人物を本当にいると自分で思えるまで作り込まないといけないんです。
―― ふだんの生活の中で、どのように物語の種を見つけられるのでしょうか。
向こうからひゅっと入ってきて、「あ、これ書きたい」というだけなんですよ。自分の興味と書きたい気持ちだけを頼りにするので、空中から取り出すような感じです。書いたものを振り返ってみると、昔の私の断片や、年を重ねてからはまったもの、読んだ本、印象に残った映画などに影響を受けていることが分かるんです。作家はアウトプットの人と思うかもしれませんが、インプットの時間のほうが長いんですよ。
―― 幼い頃に、特に好きだった本はありますか?
小学4年生のときに読んだ『ノンちゃん 雲に乗る』という本が転換点だったなと思っています。学校の図書館で見つけて、古そうな本だなと思いながら読み始めたんですけども、「ノンちゃん」という子が自分と重なったんですよ。
わりと勉強ができておとなしかった私は、学校で優等生扱いをされていたんです。でも、優等生ってつまらないんですよ。過分な期待を寄せられたり、みんなから反感を買ったり。ノンちゃんは私よりもっとすごい優等生で、何かと苦労しているんですね。「あ、この子は私だ!」と思ったことがすごく印象に残っています。
私は今リアリズムを主に書いていますが、今思えばそれはこの体験から始まっていると思います。子どもはボキャブラリーが少ないので、自分の気持ちをうまく表現できなかったとしても、本の中で代弁してもらえると「そうそう、私こんな気持ちなんだよ!」と思えますよね。
石井桃子 著/中川宗弥 画『ノンちゃん 雲に乗る』(福音館書店 1967年)
※初版は1947年(大地書房)
―― 初めて物語を書かれたのはいつですか?
25歳くらいのときだったと思います。大学を出て就職したのですが、何だか合わなくて辞めてしまい、私のしたいことって何だろうと考えていた暗い時期がありました。私は何が好きだったっけなと改めて考えると、読書しかないわけですね。明るく元気に終わる児童書や若い人向けの本がすごく好きで、そういったものを「私も書けるんやろか?」とふと思いまして。書いたものを何かの公募に出すと、佳作くらいに引っかかって、「あ、書けるんや!」と。
その後、生活が変化して物語を書きたいなんて夢のまた夢と思っていたんですが、少しするとまた書き出したりして。無理だねと思いながらもなぜか書いてしまうんです。そしてついに1冊本を出すことができて、「やった! 私は作家!」と思った矢先に病気をしたんです。それから2年くらい書かずに、落語ばかり聞いていました。
―― 落語をテーマにした安田さんの作品に、『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』(講談社 2014年)がありますね。
笑ったら免疫力が高まると思って、ずうっと何も書かずに落語を聞いていたんです。「楽やん」「ずっと笑って生きていこう」と思っていたんですが、ふと気がつくと落語の台本を書いていて、その落語台本が賞をもらったんです。病気をしたのもあって、短い人生だとしたら何をして生きるかを考えると、やっぱり書くしかないよねと思って、また物語を書き始めました。
落語と児童書は、たぶん親和性が高いのだと思います。落語って「アホでもいい」と言ってくれるんですよ。立川談志が「落語とは人間の業の肯定である」と言っていましたけれど、そういう肯定的なところがあります。そして児童書には「向日性」というものがあるんですよ。落語と児童書の共通点みたいなものを意識はしていなかったんですが、どちらも私がずっと好きなものなんですね。
子どもって放っておいても明るくて元気なものだと思っている人もいるかもしれないんですけど、私なんて子どものときのほうが断然暗かったんです。なってみれば大人のほうが全然楽しいし、年を取れば取るほど楽になる。子どもたちには、今悩んでいることがあるかもしれないけど大丈夫だよということは、大人として言ってあげたいなと思っています。
中学生くらいのときに、大人の本を読まなければならないと急に思って、いろいろ読みだしたときがあったんですね。ただ、大人の本というのはあんまり明るい終わり方をしないし、悲惨に終わるものも多かったので、すごくがっかりして元気がなくなってしまったんです。人によって差はあるかもしれないけれども、10代前半くらいまでは元気をくれるものや楽しいもの、明るいものにひかれるんじゃないかなあと思っています。私の読者にもこんな終わり方辛いなとは思ってほしくない。でも「明るくしてます!」みたいなものは絶対に見破られる。だから、できるだけ作り事じゃない明るさ、説得力のある明るさを届けたいなと思っているんです。
安田夏菜(やすだ・かな)
兵庫県西宮市生まれ。第5回上方落語台本募集で入賞した創作落語が、天満天神繁昌亭にて口演される。「あしたも、さんかく」(出版にあたり『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』に改題)で第54回講談社児童文学新人賞に佳作入選。『むこう岸』(講談社 2018年)で第59回日本児童文学者協会賞、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞を受賞。近著に『アナタノキモチ』(文研出版 2023年)、『6days 遭難者たち』(講談社 2024年)など。