
2025.4.16
あの人に聞く
漫画家としてデビューし、イラストレーションの分野でも活躍中の西村ツチカさん。2024年1月にリニューアルされた月刊誌『世界』(岩波書店)の雑誌キャラクターも手がけるなど注目の描き手です。魅力的な作品の数々は、どのようにして生まれてくるのか。小学校国語教科書の挿絵(「おにぎり石の伝説」東京書籍・5年)を描いたときのエピソードも交えて語っていただきました。
―― 書籍の装画、挿絵は、近年ですと『センス・オブ・ワンダー』(筑摩書房 2024年)が印象的でした。レイチェル・カーソン〔1907-1964〕の文章を森田真生さんが新訳したものと、「そのつづき」を森田さんが書き下ろした文章とが収録されており、話題になった本です。
森田さんが書き下ろした文章は、現代の京都が舞台なので、アメリカのカーソンの文章とは時代も場所も全然違うわけです。それらが一冊の本にうまく収まるように、二つの文章に共通するテーマを取り出して描きました。自然を通した、小さな子どもとの心の交流といったことですね。ですから、中面の挿絵でも人物の顔や服装などは、あえてあまり分からないような絵になっています。イメージが限定されないように気をつけました。
絵を描く前に、まず原稿の文章を読んだわけですが、それにはさほど時間はかからなかったものの、絵の方向性が決まるまでにはけっこうな時間がかかりました。最終的には打ち合わせを進める中で森田さんからヒントもいただき、今の点描とハッチングの中間みたいな感じの絵になりました。
著者/レイチェル・カーソン 著・訳者/森田真生 装画・挿絵/西村ツチカ
『センス・オブ・ワンダー』筑摩書房
―― SF小説『三体』で有名な劉慈欣の『火守』(訳・池澤春菜 KADOKAWA 2021年)でも装画、挿絵を描いています。カラーで点数も多いですね。
『火守』では、具体的なモチーフを描いて、抽象的ではない絵を心がけました。話がわりとファンタジックなので、絵はつかみどころのある感じにしようとした覚えがあります。
―― 書籍の装画では、崔実『ジニのパズル』(講談社 2016年)もインパクトがありました。雑誌『イラストレーション』(玄光社 2017年3月号)の「特集 西村ツチカ」で大きく掲載されているほか、『西村ツチカ画集』(玄光社 2019年)にも収録されています。
結果的にはよいものができたと思って自分でも気に入っているのですが、完成までには何度も描き直しがありましたね。自分はわりとおとなしめの絵を最初に提案する傾向があるようで、やりとりを重ねる中でよい形にたどりつくことができました。
自分は漫画家出身ということもあって、色遣いに関しては今でもあまり得意ではないと思っています。方程式のようなものはなく、毎回その場でけっこう直感的に考えている感じですね。『ジニのパズル』は紫色と黄色のコントラストが効いて、パンチのあるものに仕上がったと思います。
―― 色遣いが苦手ということですが、例えばPR誌『ちくま』の表紙などを収録した『ちくまさん』(筑摩書房 2020年)には、一枚絵と、それに関連した漫画が、魅力的なカラーでたくさん掲載されています。
あのときは自由に描いてよいということもあったので、いろいろ実験をしてみました。自分はイラストの作風がまだそれほど固まっていないと感じていたので、自分の必殺技みたいなものが持てたらいいなと思っていました。ソール・スタインバーグ〔1914-1999〕という人が、漫画とも現代アートともつかない作品を発表していて、それが日本の漫画家にも影響を与えてきた歴史があるのですが、そのあたりも意識して、悪戦苦闘しながら描いたものです。
色遣いが苦手と言いましたが、今はそれも個性なのかなとも思っています。『ちくまさん』ではさまざまな色遣いを試していて全然一貫性がないのですが、それもよいのかなと。色だけでなく、技術的に工夫して紙の質感を出したりとか、一枚の絵なんだけれど漫画みたいにも読めるように視線誘導にこだわったりとかもしましたね。漫画だとコマで流れを作りやすいんですが、そういう流れを一枚の絵でも再現できたらと思いました。視線がぐるぐる回るような、螺旋みたいな構図をけっこう使っています。
著者/西村ツチカ『ちくまさん』筑摩書房
―― 小学校国語教科書では、物語「おにぎり石の伝説」(東京書籍・5年 文/戸森しるこ)の絵を描いています(本記事のタイトル部分のイラストもそのうちの1点)。
扉絵は、最初は「ウォーリーをさがせ!」ではないですけど、児童が小さく、30人以上はいる様子を俯瞰して描いたものだったんです。ただそれだと、全体を見て学校が舞台だなということは分かっても、扉絵として、この物語に入っていく導入として弱い、機能していないと思い直しました。「入っていこう!」「ようこそ!」というメッセージがないんですね。教科書だから、すごく上品にしなければならないと最初は思っていたのかもしれません。教科書ということでちょっと緊張していて、ダサいものは描きたくないという感覚もありました。
修正を重ねていく過程で、答えのようなものを絵で示しすぎるのはよくないものの、「ここに謎がありますよ」ということは気づかせないといけない、そうじゃないとただ通り過ぎてしまうと思いました。そこで完成版では、人数を絞ったほか、もっとパースをつけてメリハリを出し、手前から奥に流れるように視線の方向づけをして、導入になるような動きを出したわけです。
「おにぎり石の伝説」の扉絵
―― ラストの挿絵は、二人の人物が影として描かれています。
この挿絵には別パターンもありました。二人の人物がハイタッチしている様子を普通に描き、顔の表情も見えるというものです。しかしそれだと、それより前に載っている5点のイラストとあまり感じが変わらない。ラストの挿絵ですから、もっと余韻があって、そこで新しいことが起きるほうがおもしろいだろうと思いました。そもそも、人物の表情をどうしようか迷っていたということもあります。自分の中ではこうかなという考えはあったのですが、いろいろ想像できるところなので、あまり決めてしまわないほうがよいだろうという思いもありました。
「おにぎり石の伝説」のラストの挿絵
―― 小学校の国語教科書では、文章だけでなく、挿絵が注目される機会も多いように思います。一方で、どこまで絵で表現すべきかという点は難しい面もあります。
自分は漫画家なので特に気になるのですが、漫画家がイラストを描いている本はたくさんありますよね。文学作品を、漫画っぽいイラストの表紙を付けて出すという例もあります。ただ、漫画は記号で物語を伝える技術なので、無意識に、輪郭をはっきり描くとか、目の中がきらきらしているとかになってしまい、それを無批判によしとしてしまっている面もあるように思います。
漫画に慣れ親しんだ子どもは親近感を持つかもしれませんし、記号的に扱うのは漫画家の武器でもあり、自分もそのようにしてしまうのではないかと恐れてもいるのですが、やはり文学作品などの神秘性のようなものが失われてしまう印象があります。もっといろんな可能性があったものを一つに決めてしまうのは、あまりよくないなと思うこともありますね。
―― 漫画家になろうと思ったのは、いつ頃だったのでしょうか。
小学生の頃から漫画家になりたいなとは思っていました。『週刊少年ジャンプ』をまねして描く子どもの一人でしたね。
小学5年生の頃だったと思うのですが、図書館に通い詰めて一年間で400冊くらいの児童書を読んだことがありました。そのおかげもあったのか、国語の成績はけっこうよかったですね。斉藤洋さんの「なん者ひなた丸」シリーズとか、寺村輝夫さんの「ぼくは王さま」シリーズとかがめちゃくちゃ好きでした。「ぼくは王さま」は、ページをめくるごとにすごい不思議なことがばんばん起きて、すごく怖い、怖いけど楽しい、おもしろい、みたいな感じでたくさん読みましたね。
自分は児童文学の装画、挿絵も描いていますが、小さい頃のそうした記憶もあってか、児童文学はかっこいいという思いも持っていました。漠然としたイメージなんですが、子どもに語りかけるという点で漫画よりも高尚で、漫画からは本質的なものは得られないとも感じていたんです。漫画は既に大体出そろっている記号の並べ替えでしかないというか。間違った思い込みで、偏見でしかないのですが(笑)。今は漫画に対する考え方は変わっていて、漫画にちゃんと向き合おうと思っているところです。
漫画に関しては、『北極百貨店のコンシェルジュさん』(全2巻 小学館 2017年・2020年 特装版は2023年)の頃からは気持ちが変わってきて、読みやすさというものを意識するようになりました。それまでの自分に比べると、絵もあまりとがっていないと思うんです。昔は無駄にとがっていた部分もあったなと思います。自分がこだわりたい部分は保ちつつ、それ以外の部分は読みやすいほうがよいだろうと思うようになりました。
『北極百貨店のコンシェルジュさん』では「大量消費社会」がテーマになっていますが、それは自分の人生と関係のある、自分にとって切実なテーマでもあります。商業漫画をうまく描けなかった過去の自分の経験とつながっているんです。自分がこだわりたいテーマ、動機を見つめ直し、そのコアの部分を研ぎ澄ませていきたい。それが自分にとって、とがるということなのかなと思っています。
西村ツチカ(にしむら・つちか)
1984年、兵庫県神戸市生まれ。『なかよし団の冒険』(徳間書店 2010年)で第15回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、『北極百貨店のコンシェルジュさん』で第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞をそれぞれ受賞。書籍の装画や挿絵なども多数。