中高接続を考える 高校の先生に聞く! 中学校の先生に望むこと

2024.12.4

中高接続を考える

高校の先生に聞く! 中学校の先生に望むこと

田中淳一(埼玉県立大宮高等学校進路指導主事 国語科)

系統性が重視される現行の学習指導要領において、「中高接続」は、大切な視点の一つだと考えられます。高等学校の先生は、中学校の先生にどんなことを望んでいるのでしょうか? 埼玉県立大宮高等学校の田中淳一(たなかじゅんいち)先生にお聞きしました。

高校は、学校によって入学する生徒の状況が異なり、学習内容も進路もさまざまです。使用する教科書も、同じ科目の中で難易度別に数種類発行されていることが多いです。以前勤務していた学校では、判型が大きく、内容も分かりやすい教科書を使っていました。今は進学校に勤務していますので、難しい教科書を使っています。そのため、同じ「羅生門」の学習でも、学校ごとに授業は大きく異なります。目の前の生徒の状況に合わせて、授業の内容や形態を変える必要がありますが、高校では同じような学力層の生徒が一つの教室に集まっていますので、先生はその教室に合わせた授業を模索することになります。

一方、さまざまな状況の生徒を、一つの教室で教えている中学校の先生のことを思うと、本当に頭が下がります。ですから、偉そうなことは言えません。ただ、学習が中学校から高校へとスムーズにつながり、国語を学ぶことで将来を広げ、未来が切り開けるよう高校教員として感じていることを書きたいと思います。


だいじなことを教えてくれた生徒

20年以上昔の話です。私は、普通科高校の今でいう「進路多様校」の進路担当をしていました。その生徒が来たのは、もう11月に近かったと思います。副担任をしている3年生の女子生徒でした。

「大学受験の勉強ってどうやるの?」

話を聞くと、中学校までの勉強はよく分からなかったけれど、高校で基礎から勉強してみたらおもしろくなってきた。だから、大学に行ってみたいと思うようになったということでした。「文章を読んで問題を解いたら持ってくるように。添削して説明するから」と、手元にあった問題集を渡しました。「英語の先生にも相談するように」と言って。

彼女は定期的に問題を解いてくるようになりました。初めはできなかったのですが、だんだんと国語の文章が読めるようになっていきました。そして、問題集が終わる頃には、難しい問題もかなり解けるようになりました。しかし、残念ながらその年の入試には間に合わず、浪人してしまいました。

私はその春、別の高校に異動しました。その生徒に会ったのは卒業式が最後、以後はメールで相談が来ました。高校を卒業後、彼女は家庭の経済状況を考え、アルバイトをしながら自宅で勉強しました。分からないところは、高校の先生に相談に行っていたそうです。そして、次の年いくつかの大学に合格しましたが、やはり家庭のことを考え、夜間学部に入学しアルバイトをしながら大学に通いました。あるとき、「皇居三の丸尚蔵館にいます」とメールが来ました。返信すると、大学の授業がおもしろくて、博物館を巡っていろいろなものを見ているとのことでした。さまざまなことが楽しくなり、積極的に行動するようになったようです。

彼女は、大学を卒業して、コンピューター会社でSE(システムエンジニア)の仕事を始めました。彼女のすごいところは、就職しても学び続けていたこと。仕事をしながら大学院にも入学し、「学位が取れました!」と写真付きのメールも送られてきました。

そんな彼女を教えた体験から、「経験の蓄積」がとても重要なのだと痛感させられました。国語は語学であり、積極的にさまざまな文章に触れることが重要です。文章の読解は、まず漢字や語句の読み、意味、文のつながりなど、基礎的な知識を土台にして内容を読み取ります。そして論理構造を把握し、筆者の考えの流れをつかむこと。そのために、文章のトピックが何なのか考え、歴史や文化・思想、政治経済などの背景知識によって理解を深める必要もあります。これらは「経験の蓄積」が多ければ多いほど、短時間で正確な読解が可能になり、問題の解答の正確さも増していきます。そのことを彼女は私に教えてくれたのです。


とにかく「楽しい」授業を

読解だけでなく、書くこと、話すこと・聞くこと、国語を使って考えることも、当然ながら経験の蓄積が不可欠となります。そして、そのために何と言ってもだいじなことは、「学ぶことが楽しい」と生徒に思わせること、これに尽きると思います。生徒の経験の蓄積がスムーズに行われ、深めさせるためには、やはり「学ぶことが楽しい」と感じさせることが最重要であると考えます。また、国語に限らず「学ぶことが楽しい」と思う生徒は必ず伸びるものです。そのためにも、中学校の先生がたには、とにかく「生徒が楽しいと思う授業」を日々行っていただきたいと願っています。もちろん、実はこれがとても難しいことなのですが。

「お話がおもしろかった、内容はよく覚えていないけれど」と授業アンケートに書かれることがあります。しかし、それはそれで指導として成功だと思っています。まずは、この「楽しい」ことが国語の学力をつけるうえで、大切だと思っているからです。


暗記だけでなくその意味も

高校の古典では、古典文法による正確な読解を目指します。そこで生徒が苦労するのが「助動詞」。英語や中国語と異なり、日本語では述語動詞が文末に来ます。その述語動詞に助動詞がつながることで、文の意味や方向性が詳細なものになります。「勉強する」という動詞に助動詞が接続することで「勉強した」「勉強しない」「勉強しよう」「勉強したい」「勉強したくない」「勉強したくなかった」などとニュアンスが決定づけられていきます。その助動詞を判定するために不可欠なのが、語尾変化の形である動詞の活用。古典文法では、未然・連用・終止・連体・已然・命令と分類されます。

中学校での口語文法の知識が、高校の古典文法にほぼそのまま移行できるのですが、高校の教員としては、ここに難しさを感じています。未然、連用、終止、連体・・・と唱えるようにして覚え、未然は「ない、う」がつく形、連用は「ます」がつく形、と覚えてきます。しかし暗記だけで、意味を理解していない生徒がたくさんいるのです。

「未然」は、漢文訓読では「いまだ~ず」と読む再読文字です。つまり「まだそのようになっていない」につながる形だから未然形。「連用」は用言、つまり動詞、形容詞、形容動詞につながる形だから連用。「終止」は言い切ると暗記はしていますが、ここで理解してほしいのは、文末の形だということです。「連体」は体言、つまり名詞につながっていく形だから連体形です。だから「とき」「こと」という名詞につなげて判別するわけです。

これらの活用の働きと意味が理解できていれば、動詞への接続、つながりから助動詞を判別する文法を基盤とした読解に移行しやすいのです。しかし、暗記だけしている生徒にはこれがなかなか難しい。未然は「ず」、連用は「たり」をつけて・・・と新たな暗記を始めて、現代と異なる動詞に右往左往し、そこにつながる助動詞までなかなか到達しない。そうすると、何のために古典文法をやっているのか「分からない」、そして古典は「つまらない」となっていってしまうのです。古文単語を暗記して、意味をつなげて力技で読解していく生徒もいるのですが、それだけでは細かいニュアンスは読み切れないので、模試でも高得点が取れない。結局古典は「分からない」し「つまらない」となってしまいます。

もちろん時間のない中、生徒全員に理解させるのは難しいことだと思います。しかし、意味を理解しない暗記だけでは、生徒にとってつまらないだけでなく、深い理解には到達しません。もちろん、暗記を完全否定するつもりはありません、語学の基礎は、経験して覚えることだからです。しかし「なぜ覚える必要があるのか」という理解が大切なのです。暗記する意味が理解でき、暗記したことが活用できれば、「楽しい」という思いも生まれてくるはずです。

今勤務している学校には、教え子が何人か同僚として勤めています。「国語の授業が楽しかった」と言ってくれると、とてもうれしく感じます。以前の生徒が活躍している姿は、とても励みになります。私自身ずいぶん経験を重ねてきましたが、現状に満足することなく、いつもどうすれば「楽しい」授業ができるかを考え続けています。

中学校の先生がたにおかれましても、生徒にとって「楽しい」国語の授業を行ってほしいと願っております。

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