読書案内 先生のおすすめ図書紹介 第2回

2024.11.6

読書案内

先生のおすすめ図書紹介 
第2回

渡部洋一郎(上越教育大学 副学長)

教育に従事する先生はどんな本を読み、どんなことに思いを馳せているのでしょうか。今回は、上越教育大学の渡部洋一郎(わたなべよういちろう)先生に、「学び」とは何か、その考え方や大切さが分かる図書をご紹介いただきました。ぜひご覧ください!

渡部洋一郎(わたなべよういちろう)先生

左・『教育力』齋藤孝/著 岩波書店 2007

著者の齋藤氏は、『声に出して読みたい日本語』で有名な明治大学文学部の教授です。けれども、専門は国語というわけではなく、教育方法の研究です。そのかたが十数年前に、「教育にたずさわるものに求められる力・資質とはどのようなものか」という観点で、「教育に臨む心身の構えと、具体的な教育方法」に関する本を書かれています。同書の中で齋藤氏は、「勉強や部活動を通して上達の普遍的な原則を相手に伝えるのだという意識を常に持っている人が、教育力のある人だと私は思う」と述べています。

「真似る力」という項で例として挙げられているのは、かつての野球の名選手、イチロー氏です。イチロー氏はスランプに陥りそうになった時、往年の名選手、江川卓氏や桑田真澄氏を思い出し、それを真似ることで感覚を掴んでいったといいます。齋藤氏は、「『真似る』というのは、何となく「ひとまねこざる」のようで、もう一つ聞こえがよくない」としながら、次のように述べています。

全く誰からも学ばないで新しいことを始めるということは、歴史上あまり例がない。天才といわれている人、モーツァルトにせよ、ピカソにせよ、どの領域の天才も、無から生み出す独創性があったというよりも、学習速度がほかの人よりも速かったということだと思う。(同書 p.50より)

今日、教育に携わる何割かの人は、オリジナリティというものは、全くほかからの影響を受けない自分独自の創意工夫によって成り立つもので、真似るということは模倣であり、独創性の喪失だと考えているきらいがあります。だが、一度、教育史をひも解けば、学力の基礎を形成し、また、独自性という創意工夫の根源にあるのは、まさに齋藤氏が指摘する「真似る」力なのです。まず最初は、真似ることで知識を増やし感覚をつかむ。勉学の基本は、実はそうしたことが基礎的なスタートとして位置づけられ、その基礎の上に独創性が花開くのです。

右・「愚直の一念」(『公園通りの午後』より)渡辺淳一/著 集英社 2016年よりデジタル版で発売

「愚直の一念」は、昭和五十二年から翌年にかけて渡辺氏が毎日新聞に連載した約一年間のエッセイをまとめた本に収録されています。氏は、整形外科医として母校の札幌医科大に勤務していたが、当時行われた心臓外科手術のありようをめぐって疑義を呈したことで、のちに母校を去らざるを得なくなったという経歴を持っています。「愚直の一念」は、そんな渡辺氏が医学部生だった頃にある教授から聞いた次のような話に由来します。

大正の初め頃、東京帝大の内科に呉という新米医師が入局してきた。呉医師は俊英ひしめく東大内科にあっては地味で目立たぬ存在で、いわゆるその他大勢の末席に控えていたという。当時、入局後、四、五年も経つとほとんどの医師は教授からテーマをもらい研究に没頭していたが、呉医師だけには一向にお呼びがかからない。鈍才であることを自覚していた呉氏だったが、それでも遅すぎる。あるとき、意を決して教授のもとに進みでた氏は、「テーマをいただけませんか」と頼んだところ、教授は呉医師を一べつし、「ヘルツ」と一言だけ言ったという。「ヘルツ」、つまり心臓をテーマとせよという意味である。

当時、心臓の研究は迷路のようで、優秀な内科医は誰もがそれを避けていた。その話を聞いた先輩達は、誰もがそれは無理だからやめたほうがいいと忠告してくれたそうである。しかし、絶対権力者である教授の前に出て「できません」とも言えない呉医師は、一人コツコツとヘルツをいじっていた。みなの同情とあきれた視線の中で仕事を続ける呉医師の姿はまさに「愚直の一念」とでもいうべきものであったと、札幌医大の教授は述べたそうだが、そんな呉医師のその後を語った教授の話を渡辺氏は次のように記している。

かくして十年後、彼は心臓と関係のある自律神経のメカニズムを発見し、解明してみせる。誰もが駄目だと、あきらめ、手を引いた鉱脈から、金鉱を探し当てたのである。それをきいたとき、テーマを与えた主任教授さえ、半信半疑だったという。だがそれは、近代内科学に自律神経の意義を認識させた、輝かしい業績であった。この呉医師こそ、のちに東大内科教授になり、『内科成書』を著し、さらに学士院恩賜賞を受けられた、「呉建」その人であった。(同書 p.31より)

「愚直の一念」で書かれたこの話を私が聞いたのは、今から四十数年も前、高校生の頃です。それは、古文教師だった父が、福島県立磐城高等学校を去る際に、在校生を前にして語った話でした。

先生のおすすめの本から何を感じられたでしょうか? 「学び」という営みについて、胸に残るものはありましたか? 今後もこくごスタジオでは、先生のおすすめの本を紹介していきたいと思います。次回をお楽しみに!

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