
2024.9.18
古典に親しむ
知れば知るほど、古典はおもしろい。大人になってから漢詩や中国文化に魅了されたという、作家・文筆家の安達茉莉子さん。漢詩を好きになったきっかけやその魅力について、イラストとともにお書きいただきました。
高校生の頃、漢文の授業は苦痛だった。漢詩を読んでも、知らないおじさんたちが月や酒の話をずっとしていて興味が湧かないし、よくわからない。テストの点もよくない。レ点、力点、作用点……(物理はもっとダメだった)。
だけど大人になった今では、漢詩を見かけると「おっ」となる。漢詩はまるで甘やかで清涼な一杯の水のように感じるのだ。ひとつひとつの詩を口にすると、様々な味と香りが脳裏に広がる。孤独な夜、江南の碧。大河の向こうに消えていく、生涯の友との別れ。酒を飲むことで達する「羽化登仙」の境地。夜に眠れなかったり、朝起きられなかったり。人間くさいかと思えば、哲学的でもある。知らない誰かの生き様が、ぎゅっと凝縮されている。ひとつの詩の中に、そしてそれぞれの句の中に、漢字の中に。
私は中国茶が趣味で、中でも福建省・武夷山の岩山に生える「武夷岩茶」を気づけば10年以上追いかけている。いつか武夷山に行ってみたいと思っていたが、コロナが発生した。海外渡航が再びできるのはいつだろうと思いながら中国語の勉強を始め、日本でもネットで見られる中国のアニメやドラマを見始めた。
これがまたクオリティが高く、キャラクターも魅力的でおもしろい。それだけではなく、セリフに当たり前のように漢詩や故事が引用されていたりする。ドラマ『山河令』では何かにつけて漢詩を引用する登場人物がいたり、『陳情令』(アニメでは『魔道祖師』というタイトル)では、調べてみると登場人物の名前は老子などの一節に由来するものだという考察もあったりして感嘆した。原作者はまだ若い、当時二十代の作家だった。
極めつきは中国発のスマホアプリゲーム『水都百景録』。「知府(現在でいう知事)」となって、古代の応天府(現在の南京)、蘇州や杭州などの江南水都を復興させる戦略ゲームで、実際の中国の画家や皇帝、詩人などが登場し、土地にまつわる史跡や伝説、植物や樹木について細かく書かれていたりと、ただのエンタメを超えて、極めて文化的だ。ひどい時には3日間くらい現実をログアウトして、寝食を忘れて知府業に打ち込んでいた。これもまた、上海に拠点を置くゲーム会社が作り上げたものだ。
強烈に憧れを感じた。自分と同年代か、それよりもっと年下のクリエイターが、当たり前に古典に親しみ、おもしろい作品を作っている! そしてその古典が、言うまでもなく、中国の場合あまりにも膨大で壮大なのだ。
憧れが高まってしょうがない。いつかビザがおりたら中国に行ってみたい。そして、やっぱり武夷山に行きたい。武夷山は山水の名所である。仙人が住むような奇岩と、その合間を流れる美しい碧水を眺めながら、漢詩のひとつでも吟じられたら、どんなに良いだろう。漢詩集を何冊か買って、うっとりと読む日々が始まった。そんなふうに夢見ていたら、思いの外すぐにビザが緩和されてしまった。中国語習得はまったく間に合わなかったが、念願叶って浙江州の古都である杭州(『水都百景録』のおかげで謎の土地勘があった)、そして福建省は武夷山を訪れたのは、2023年の秋のこと。以来、漢詩にも、中国の文化にも魅了され続けている。
漢詩の原型は周の時代にできたとされ、実に3000年以上の歴史がある。あまりにも膨大で気が遠くなりそうだが、漢詩集を読んでいると、好きな詩人ができてくる。
蝸牛角上爭何事 蝸牛の角上 何事をか争う
石火光中寄此身 石火の光中 此の身を寄す
隨富隨貧且歡樂 富みに随い 貧しきに随いて 且らく歓楽せよ
不開口笑是癡人 口を開きて笑わざるは 是れ痴人
(『中国名詩集』p.44※1)
これは唐代の詩人、白居易(白楽天)の「對酒(酒に対す)」という詩だ。詩人であるが、彼は大臣まで務めたエリート官僚であり政治家でもあった。政治批判の詩や玄宗皇帝と楊貴妃のラブストーリーを描いた長編詩「長恨歌」でも知られるが、上記のような悠々自適な心持ちを書いた詩も多い。
「国破山河在(国破れて山河あり)……」の「春望」などで有名な杜甫は、生真面目で苦労も多く、その詩は美しいが陰鬱な印象もある。白居易の詩には、どこかいつもスコンと抜けた明るさがある。彼は左遷された先である杭州を気に入り、治水工事などを行いながら西湖を讃える詩を書いた。私が西湖を歩いた時、白居易もこうやって風景に見惚れながらお散歩していたのかなと想像した。どこまでも高尚になり得る知力や誠実さ、正義感がある一方で、家の中で寝転がって景色を見ながら「左遷されちゃったけどまあこれもまた良いよね」と、悠々自適になんだかんだ日々を楽しんでいそうな、たゆたえども沈まぬ魂がある。達観しているようで、「唯有詩魔降未得(ただ詩魔だけは未だ退けられていない)」と吟じるなど、やっぱり人間らしさもある。彼は私が妙に共感する歴史上の人物のひとりで、ちなみに『水都百景録』にも登場する。一番レアな「SSR」だ。まだ来ない。
杭州にいる白居易のイメージ
19世紀の終わりに福建で生まれた世界的ジャーナリストの林語堂は、中国の哲学の共通点を「賢明にして愉快な生活哲学」と呼ぶ。中国人的な教養の最高理想は「つねに賢者の覚識に立ち、大観の精神をもって人生に処すること」にあるとする。「身辺の雑事や、わが努力の空なることを半眼で眺める。しかしその中を生きていこうと決意するだけの現実感は、かろうじて失わないでいる」と。(※2)
私が中国エンタメに惹かれた理由、そして漢詩に惹かれる理由のひとつが、こうしたどこか開放/解放的な自由さにある。この世は不自由なものだから、せめて楽しく生きようじゃないか、富める時も、金がない時も、それなりに―― とする、しなやかでしたたかで、ちゃっかりとして真っ直ぐな生命力。そこに、繊細な詩的感受性や、時に大胆なリズムや押韻のセンスが加わって、作り上げられた漢詩。極めて個人的で人間的で、だけど儒教に道教、老荘思想などさまざまな思想や哲学が大河のように、流れこんでいる。
漢詩をきっかけに、古典にあたるよろこびに目覚め、日本の古典にも興味を持つようになった。何千年も前に作られた古代の詩が、現代を生きる私たちに流れこみ、新しく喉を潤してくれる。そうして生まれてくる作品をどんどん見てみたいし、私自身もその水自体をどんどん汲んでみたいと思うのだ。一杯、一杯、また一杯と。
ひとり酒を飲む李白のイメージ
安達茉莉子(あだち・まりこ)
作家・文筆家。言葉と絵による執筆・作品発表を行う。著書に「毛布 – あなたをくるんでくれるもの」(玄光社)「私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE」(三輪舎)「臆病者の自転車生活」(亜紀書房)など。