外国人児童のための日本語教育について考える 国語教科書のことばの世界(前編)

2024.1.10

外国人児童のための日本語教育について考える

国語教科書のことばの世界(前編)

田中祐輔(青山学院大学准教授)

外国人児童や帰国児童の増加に伴い、学校における日本語指導の充実が求められています。属性や出身に関わらず平等に学び、ともに成長できる環境を構築するためにはどうすればよいでしょうか。今回から全2回にわたって、青山学院大学の田中祐輔(たなかゆうすけ)先生による国語科指導への解説をお届けします。

子どもの多様化、ともに学べる環境の大切さ

日本語指導が必要な児童の数は増加傾向にある 日本語指導が必要な児童の数は増加傾向にある

グローバル化が進み、日本に住む外国人は307万人を超えています。両親またはそのどちらか一方が外国出身者である子どもや、外国に長期滞在した経験を持つ子どもなど、外国につながる子どもたちも増え、その多くが日本語の面で学校生活や学業上の困難に直面しています。こうした子どもたちはJSL児童(Japanese as a Second Language*日本語を第二言語とする子どもたち)と呼ばれ、その多くが日本語の面で学校生活や学業上の困難に直面しています。テレビや新聞でもクローズアップされ、授業についていけないケースや孤立してしまう事例、不就学や非行、キャリア形成での難しさなどが社会的課題として報じられています。
このような事態を受け、文部科学省では以下のような方針を示しました。

日本語指導が必要な児童生徒に対する指導・支援体制を充実させると共に、日本人と外国人の子供が共に学ぶ環境を創出することにより、活力ある共生社会の実現を図る。

(文部科学省「外国人児童生徒等教育の現状と課題」2021年、p.3より)

日本で学ぶ子どもたちが等しく学習機会を得るためには、日本語支援拡充に加え、日本語を母語とする児童もそうでない児童も分け隔てなく共に学ぶことのできる環境構築が求められていると言えます。


JSL児童にとって大切でありながらハードルの高い国語科

義務教育としての普通教育の目標の一つにある

読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。

(学校教育法[昭和22年法律第26号]第21条五項より)

は、JSL児童に対しても例外ではなく、むしろ切実な問題であり、それを支える国語科の役割は重要です。しかし、実際には、国語科は高い語彙力が求められることから教科の中でも特に困難が伴う科目で、JSL児童の教室参加は容易ではありません。
JSL児童が国語科の授業についていけない場合、その支援は

・取り出し指導:在籍学級から離れ、別室で個別に指導。
・入り込み指導:日本語支援者や母語支援者が児童のそばでサポート。

のいずれかで行われます。各自治体や学校では、人員不足や予算不足の事情から、個別の支援者を確保することが難しく、取り出し指導が選択されるケースが多いとされます。この取り出し指導の本来の目的は、当該教科学習への参加や学校生活のための基礎的な力を育成し、在籍学級に復帰できるだけの学力を育成することにあります。しかし、実態としては、極めて充実した言語文化教材である国語教科書ではなく市販の日本語教科書等が用いられる場合が大半です。なぜなら、日本語を母語としないJSL児童の視点から、国語教科書は何がどのように難しいのか、いかに指導すればよいのか、が科学的に明らかにされておらず、教える側も指導法がわからない実情が存在するからです。
このことは、国語教科書を活用できずに国語科から離れた指導が恒常的に行われるきっかけにもなっており、JSL児童が長期的に在籍学級に戻れず別室で学ぶことを余儀なくされる原因となっています。このような環境下では、冒頭で述べた学修や生活上の困難と孤立、不就学といった問題は解決の方向に進み得ず、文部科学省が提示する日本人と外国人の子どもが共に学ぶ環境創出の大きな障壁の一つにもなっているのです。“共に学ぶことのできる”国語科教育の検討が必要であると言えます。


なにがJSL児童にとって「難しい」のか

国語教科書語彙シラバスデータベースCOSMOS 国語教科書語彙シラバスデータベースCOSMOS

そこで、筆者は、国語科の内容をJSL児童への教育の観点から科学的に解明するために、まず、国語教科書の掲載語をすべてデータベース化したコーパスを作成し、子どもたちが何につまずき、どこに困っているのか、どのように指導・支援することが効果的かを調査・考察しています。そして、それらの知見と指導上役立つ情報をとりまとめ、「国語教科書語彙シラバスデータベースCOSMOS」で公開し、現在、世界37カ国・地域に利用が広がっています。

次のグラフは、COSMOSの中で紹介されている、国語教科書の語彙の“難度”を示したグラフです。

1~6年までの教科書の使用語彙を級別にまとめたグラフ 1~6年までの教科書の使用語彙を級別にまとめたグラフ

日本語を母語としない方々の日本語能力を認定する語学検定試験『日本語能力試験』の旧出題基準に基づいて、国語教科書掲載語彙の級別内訳の割合を示しました。

割合は多い順から、級外、2級、4級、3級、1級となっています。
最も多い“級外語彙”として、以下のような言葉が見られます。

物語の登場人物の名称(「りっちゃん」「チロ」「スイミー」)

動物や物を擬人化した表現(「おひさま」「うさぎちゃん」「かえるくん」)

動物名(「たぬき」「きりん」「ライオン」)

果物名(「りんご」「バナナ」「ブドウ」)

植物名(「ひまわり」「あさがお」「あじさい」)

感動詞(「どっこいしょ」「うんとこしょ」)

擬態語(「しゅるん」「ぐうん」)

これらは、生活に密着した表現や親しみやすいことば、作品の世界観や主題を表現したり状況や状態を描写したりするために用いられる語であることが分かります。そして、特筆すべきなのは、第1学年から第6学年まで、級外、2級に該当する語彙が共通して大半を占めていることです。小学校の国語教科書とは言え、日本語を母語としない学習者向け試験の2級(主に成人日本語学習者600〜800時間既習・6,000語習得済)以上の難度であるのです。このことは、小学校第1学年の国語教科書ですら2級レベル語彙の事前習得が不可欠であることを示してもいます。


共生型の国語教育へ

以上のJSL児童の視点による国語教科書コーパスから、どのような展望が見えてくるでしょうか。
第一に、国語教科書掲載語彙の全体像と難度が確認されたことで、単元ごとにどのような語が扱われているか、何に留意して指導すべきかが明確となり、JSL児童の日本語力に応じたサポートが可能となるでしょう。
第二に、これまでJSL児童が国語教科書を用いた学習に取り組む際に、どの部分の理解が困難か、ということについては、テストやフォローアップインタビュー、参与観察を用いて事後に確認する他なかったのですが、教科書掲載語彙とその難度を予め把握しておくことで、そのつまずきの部分を語彙的側面からある程度予測することができるようになりました。
第三に、教育現場において各地域の児童のニーズに応じた補助教材の開発も検討することができる可能性があります。
JSL児童のための語彙説明や注釈を国語教科書に含めたり、語彙知識を補填するための副教材を作成したり、難度の高い語を具体的に特定し書き換えたリライト教材を作成したりすることも、今後のJSL視点による国語科教育のあり方として考えられるでしょう。

日本語を母語とする子どもたちも、日本語を母語としない子どもたちも、分け隔てなく、魅力溢れる国語教科書の充実した内容で共に学ぶことができる共生型の国語科教育の実践のためには、国語科で扱われる言葉の詳細をデータを用いて把握し、その世界を理解することが肝要です。みなさんも、ぜひ一度、COSMOSを通して、国語教科書のことばの世界に触れてみませんか。

後編では、国語で指導する際のポイントなどをお話しいただきます。次回もお楽しみに!

ほかの記事を読む

TOPへ