
2023.5.24
ホンとの出会い
児童文学作家として活躍されている戸森しるこさん。『ぼくたちのリアル』で講談社児童文学新人賞を受賞して2016年にデビューされた後も、『ゆかいな床井くん』『十一月のマーブル』(以上、講談社)『れんこちゃんのさがしもの』(福音館書店)など、幅広い年齢の子どもたちに向けて物語を執筆されています。
東京書籍の新しい教科書にも、戸森さんに書き下ろしていただいた新教材「おにぎり石の伝説」を掲載しています。そこで今回の「ホンとの出会い」では、戸森さんに、作家としてデビューするまでの経緯や思い出の本についてお話を伺いました。
―― 早速ですが、「物語を書く」ということをどのように始められたのでしょうか?
最初に「書く」ということについて自分の中でヒントを得たのは、中学時代です。夏休みの課題で書いた作文が評価されて、文集に載ったんです。それだけでうれしかったんですけど、ある日廊下を歩いていたら、全然話したことのない先生が「この前載っていた作文がすごくよかった。ああいう書き方はなかなかできないと思うよ」と声を掛けてくださって。自分の書いたものが響いたということに感動しました。そのあたりで、書くことは自分にとって得意なことなのかなというふうに意識し始めました。
それから、中学生のときに憧れていた先生がいたんですけれど、学年が変わったときにその先生が異動してしまって。急に会えなくなったことにすごく動揺したんですが、寂しさを乗り越えようと、その先生との思い出を1冊のノートに書いていったんですよ。このノートを開けばまた先生に会うことができるなと、書き終えたときにすごくほっとしました。自分を励ますために物を書くということを覚えたのが、ちょうどその頃だと思います。
高校生になると、進路を考え始めました。その時はまだ作家になりたいなんて全然考えていなくて、なりたいものがない状態でした。どうしようかなと思っていたときに、進路相談室に心理テストのようなものがあるのを見つけました。
それをやってみたら、向いている職業の最初に書いてあったのが「作家」だったんです。それで、あ、私は作家に向いてるんだと。そういえば作文を褒められたりしていたなと思い出して、そのときに作家になろうと思いました。まだ創作は全然していなかったんですけれども、作家になるということを先に決めたんですよね。
―― 創作を始める前に、作家になろうと決めたんですね。
そうは言ってもすぐには作家デビューできないだろうと思い、会社で働くことも見据えて大学に進学することにしました。でも、いざ大学に入るととにかくやることが多くて。課題もゼミもある、バイトもデートもしなきゃいけない、飲み会もあったりとか、とても忙しい毎日を過ごすようになりました。
それまでずっと私は空想好きな子どもで、ちょっと時間があると自分の中に空想の世界やキャラクターをつくり上げ、その世界の中で過ごすことがありました。でも、忙しくなったことによって、現実のほうが自分の中で大きくなっていき、あるとき、その空想の世界がなくても平気な自分になってしまったことに気がついたんです。
そして、大切にしていたはずの空想の世界を裏切ってしまったような罪悪感と寂しさ、変わってしまった自分に対する切なさのような、そういうぐちゃぐちゃした気持ちでいっぱいになって、ちょっとパンクしてしまいました。結局1年間休学することになったんですけど、外に出られないくらい落ち込んでしまって。
その休んでいた1年間に出会ったのが『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)と『つきのふね』(森絵都/角川文庫)です。
戸森さんにご紹介いただいた思い出の本。
当日は4冊の本を見せていただくところから取材が始まった。
『ONE PIECE』は、大学の友達に薦められて読み始めたんですけど、キャラクターがそれぞれにいろいろなものを抱えながら仲間とともに前に進んでいく姿にすごく影響を受けて、こんなふうに夢を追いかけてみたいなと思ったんです。読むと元気になれたんですよね。魔法がかかっている物語だと思いました。
もう1冊の『つきのふね』は、タイトルが気に入って手に取りました。平仮名の並びの優しそうな感じに惹かれたんです。作中に心を病んでいる青年が出てくるんですが、それもあってかこの作品は自分の弱っている心にすごく染み込んできて。読む前と読んだ後では見える世界が全く変わるくらいの影響を受けました。
そして、森絵都さんがどういうふうにデビューされたかを調べて講談社児童文学新人賞というのを知り、「よし、ここからデビューするぞ」と決めたんです。過去の受賞作を見ていたら好きな本が多くて、デビューするならここしかないと、導かれるように吸い寄せられていったんですよ。斉藤洋さんの『ルドルフとイッパイアッテナ』は子どもの頃からいちばん好きな本ですが、これも受賞作なんです。
それから10年以内、30歳までにデビューしようという目標を立てたんですが、デビュー作の『ぼくたちのリアル』が29歳のときに書いた作品だったのでちょうどぎりぎり。
実は、(『ONE PIECE』の主人公である)ルフィが海賊王になるより先に、私は児童文学作家になろうと、一方的に対決を挑んでいました。あいつも頑張ってるから自分も頑張ろうと。結果、私のほうが先にデビューできたんです。しかも、講談社の新人賞を受賞したのが、ちょうど第56回の新人賞だったんですよ。この「56」ってルフィのイメージナンバーで、「ゴムゴムの新人賞だね」なんて言って、いい形でデビューができたんです。いい話でしょ(笑)。
―― まさか、『ONE PIECE』と作家デビューがそんなふうにつながっているとは思いもよりませんでした。
そうなんですよ。デビューに向けて、背中を押してもらえたような感じですね。
―― 『十一月の扉』にはどんな思い出がありますか?
『十一月の扉』を書いた高楼方子さんは、おそらく唯一、小学校高学年のころから好きな作家さんなんです。子どもの頃は、作品ごとに読みたいものを選ぶことが多かったんですが、高楼さんだけは作家として意識して読んでいました。『十一月の扉』の主人公の女の子が、喫茶店ですてきな服を着て、すてきなノートに物語を書く様子に憧れていました。高楼さんは幼年童話からYAまで幅広く活動されていて、そういう執筆の仕方にもすごく憧れています。
―― 戸森さんは物語を書くときに、子どもたちにどんなことを伝えたいと考えていらっしゃいますか?
その質問はよく受けるんですが、私はあまり、読者さんに何かを伝えたいっていう気持ちで書かないんですよ。何かを感じてもらえたらうれしいっていう気持ちで書いてます。私が伝えたいことを主張しすぎると押しつけっぽくなってしまうし、あんまり好きではなくて。
「これを伝えたい」という気持ちがあることもありますけど、必ずしもそれが伝わらなくてもいいかなと思っています。私は誰かに向かって書いているというよりは、やっぱり自分のために、自分を励ますために書いているところが大きいのかもしれません。
―― 学校の先生とは、どんな思い出がありますか?
私はけっこう、先生との思い出が多いほうだと思います。すてきな先生にたくさん出会えたんです。小学校5、6年のときの先生が「アンサーポール」という、机の端に置く木製の積み木みたいなものをクラス全員に配ってくれたことがありました。青を上にすると「もう解き終わりました」、黄色を上にすると「今考え中です」、赤を上にすると「先生、助けてください」という合図として使うものなんです。
手を挙げたりするのが苦手な子のために作ってくれたんだと思うんですが、私はそれがすごくうれしくって、今でも大事に残しています。その出来事をもとに『ゆかいな床井くん』の「アンサーポール」というお話を書きました。ただ、この前会った小学校の同級生にアンサーポールを見せて「これ覚えてる?」って訊いたら、「ちょっと私覚えてない」と言われ、そうかいそうかい……って(笑)。思い出は共有できなかったんですけど、私はすごく印象に残ってます。
アンサーポールの実物。『ゆかいな床井くん』では、
2学期の始めに突然配られたアンサーポールをきっかけとして、
ひと言も話さないクラスメイトにある変化が起こる。
あと、「しるこ」って私が呼ばれていたのもそのクラスなんです。おしるこの中のお餅のように色白だったので「しるこ」。
―― 「しるこ」というお名前には、「サーカス(circo)」という意味もあるんですよね。
そうそう、それは後付けなんですけど(笑)。その先生がある日、呼ばれたくないあだ名で呼ばれている子を助けるためにということだと思うんですが、「呼ばれたいあだ名」と「呼ばれたくないあだ名」のアンケートを取ってくれたことがありました。
私は「呼ばれたいあだ名」として「しるこ」と書いたんです。そうしたら後から先生に「これは本当に呼ばれたいほうで合っているのか?」と確認されたんですが、私はこれがうれしいんだと話しました。
―― 「戸森しるこ」の名前で作家として活動されているのを見たら、その先生もきっと、本当に好きなあだ名だったんだって信じてくれますね。
そんな先生方との出会いもあって、今は執筆活動と並行して教育関係の仕事もしています。昔は、先生の仕事につきたいと考えていたころもあったんです。きっと児童・生徒さんの中には、私と同じく先生に憧れている子どもたちがいると思います。
―― 最後に、新しく教科書に掲載される「おにぎり石の伝説」を読む子どもたちに、メッセージをお願いします。
作品に出てくる登場人物たちと友達みたいになってほしいと思っています。そんなに登場人物は多くはないんですけれども、気がついたらその子が頭の中、胸の中にいてくれたらちょっとうれしいなって思います。このお話は、実際に私が子どもの頃に見つけた石をもとにして書いた物語です。おにぎり石のようにちょっとすてきなものを見つけたら、注目してみてほしいですね。
(聞き手:東京書籍国語編集部)